明後日の風
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2011年07月03日(日) ピアノの時間

 古い6件の宿が並ぶ小さな温泉場。
 ぬるい透明なお湯が満たされた湯船に朝から浸かっている。
 ご夫婦でやっているという小さな宿。昨日の宿泊客は僕一人だった。
 この広い湯船を独り占めできるとは、なんという贅沢か。

「夏がきちゃったね」
とはご夫婦の言葉。クーラーがないのが当然のこの温泉場にも、昨年からは「クーラーが欲しい」
という言葉が聞かれるようになったという。それを「異常気象」とお父さんは話す。

 そんな下界から、僕は涼を求めて蓼科山七合目に車を走らせた。さすがに20度という涼しさ。ガンガン登れば1時間ちょっとで山頂のはず。ザックに水とカッパ、そして唯一の食料の「あんぱん」を詰め込み、登山靴の紐を締めて鳥居を潜る。山頂に蓼科神社奥宮がある。ここから神域に入るのだ。

 苔むした緩やかな道を進むと、ガレ場の急登がはじまる。
 新緑が美しい。



 ほどなく道は樹林帯に入り、天狗の露地を見物。
 あいにく、曇っていて、下界が見えない。


 最後のザンゲ坂を登る頃には、ぽつぽつと雨が降り始め、将軍平の小屋に逃げ込む。
 大粒の雨がバリバリと屋根にぶつかっている。
 急登続きの道を40分で駆け上がってきたのだ。さすがにつらい。ゴクゴクとペットのお茶を飲みつつ、とっておきの「あんぱん」を頬張る。

 ここから岩の続く急登を登れば山頂だ。


 雨はすっかり止んでしまい、一面の岩の平地である山頂は一瞬晴れた。奥宮にお参りをする。それまで霧に包まれていた山頂が、一瞬晴れたのだ。

 山頂直下の蓼科山頂ヒュッテに入る。
「ピアノ触って行ってよ」
と小屋の管理人さんが声をかけてくれた。
 ラベルとショパンを弾いてみた。湿気で不意に鳴らなくなる鍵盤との格闘は相変わらずだが、ここでアコースティックのピアノが弾けるということ自身が幸せだ。
 不意に入ってきた一人の若い青年が、ラーメンを食べながら聞いてくれている。たった一人の観客が拍手をしてくれた。ちょっとばかりの気恥ずかしさとうれしさを交錯させて、時間は過ぎていく。


さわ