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2002年03月10日(日) SIDS〜娘が天に召された日��


〜初めていらしてくださった方へ〜

去る、2/21の夜、3号こと長女が翌日に1歳の誕生日を控えてSIDSでこの世を去りました。

これからしばらく、運命のその日と、その後について綴らせていただきます。

こういうことを詳細に綴るのは、反対の方もいらっしゃるでしょう。

しかし私は、私自身のために、綴らせていただきます。

事実の記憶を封印するでなく、表に出すことで

自分自身が立ち直る、術の一つにしたいと思います。

けしてお涙頂戴のつもりではなく、エゴに近いかもしれませんが。

語ることで、がんばろうとしてるんだと、

温かく見守っていただけるととてもありがたいです。

しかしかなり厳しい記憶ですし、日が浅いので生々しいです。

読むのは辛いという方はどうぞ、ご遠慮くださいませ。

というわけでしばらくの間、エンピツのジャンルは「苦悩・心」にさせていただきます。

3月1日の分からお読みいただけると、嬉しいです。

なお、この日記を読んでくださった方、特に小さな赤ちゃんをお持ちの方に

この日記を読んだことで、SIDSに関して、

過度に不安を抱かれるのは本意ではありません。

現在日本では2000人に一人の発症率、この数字が多いとも少ないとも申せませんが、

この日記をきっかけに、SIDSについて正しい知識と理解を深める

きっかけとしていただければ幸いに存じます。


SIDS家族の会http://www.sids.gr.jp/





義父と、主人と、私、3人で警察署に向かいました。

駐車場に車を入れ、入り口へ向かいました。

入り口までには20段足らずの階段がありました。

目の前に、親子連れがいました。

3号より、1ヶ月か2ヶ月ばかり大きいのかな?という感じの女の子。

(3号が大きめでしたので、見た目はほぼ同じですが・・)

母親に手を引かれて、おぼつかない足取りで

一段一段、階段を上っていきます。

もう少ししたら、3号もあんなふうに・・・・

私と主人は、顔を見合わせました。

涙が出てくるのを、こらえるのが精一杯でした。



言われていた通り、刑事課へ向かいました。

刑事さんが出てきて、3号はまだ戻ってきてないので

もう少し待ってくれと言われました。

廊下に置かれた長椅子に、3人ぼんやり座って待ちました。


しばらくすると、もう一度刑事さんが出てこられました。

書類を(遺体と物品を引き取りますとか言う書類だったと思います)

書くように言われ、主人が書いていました。

そして、大学からの死体検案書を渡されました。

(こまかいことですが、この、死体検案書って言う名称がすごく嫌でした。

死亡診断書は判るのですが・・娘の遺体を、死体と呼ばれるのが

たとえ言葉としては正しくとも、ものすごく嫌でした)

死亡推定時刻は、午後8時半頃、となっていました。


・・・30分、早く見に行っていれば。

お風呂を沸かす前に、様子を見に行っていたら。

そんな思いが、顔に出ていたのでしょう。


「奥さん、お嬢さんは病死ですから。これ見れば、僕たちでもちゃんと

病死だってわかるんです。絶対に奥さんのせいじゃありませんから。

たとえ、布団に入って寝てなくても、お部屋で遊んでたとしても、

ソファの上に転がってTV見てたとしても、その頃の時間にはお嬢さんは

亡くなったんですよ。(この言葉は、実際は正しくないと思います。
SIDSは基本的に、寝ているときに起きるようですから・・・
ただ、刑事さんとしては、それほど私には責任がないんだということを言って、
精一杯の慰めを下さったのでしょう。実際のところどうなのか、
その時間起きていても、お風呂に入って寝かしつけたあと、朝になったら・・・
という可能性があったのかどうかも、私にはわかりません)

残念ですけど、お嬢さんの寿命やったんです。

奥さん、自分を責めたらあきませんよ。息子さんたちもいらっしゃるようやし、

辛いでしょうけど、しっかりしてくださいね」

「旦那さんもお辛いでしょうけど、奥さんを支えていってあげてくださいね」

「昨日から、何べんもお話聞かせてもらったりして、ほんとにすいませんでした。

こっちもこういう仕事なんですが、ほんと申し訳ないです」

刑事さんは、たくさん、精一杯の言葉をかけてくださいました。

この刑事さんのかけてくださった言葉で、私はかなり、救われました。

一所懸命、何度も何度も、奥さんのせいじゃない、といい続けてくださった

見知らぬ刑事さんに、感謝しました。

私のせいであろうがなかろうが、3号が亡くなった事実には変わりないし、

責任を感じずになどはいられませんが、

それでも、そのお気持ちに、感謝しました。



外へ出て、指定された場所に車を横付けにしました。

はじめに、昨日預けた布団、3号が入院時きていた衣類を返してもらいました。

そして。

刑事さんがバスタオルや布で体を丁寧にくるまれた3号を抱いてきてくれました。

私は3号を受け取りました。

「おかえり・・・・」

お帰り、お帰り、えらかったね・・

がんばったね、えらかったね・・・

いつもどおりの、寝顔でした。

冷たいだけで、全くいつもどおりの。

気持ちよさそうに、眠っている、顔でした。


刑事さんや、近くにいらした警察官のかた、皆さん敬礼して見送ってくださいました。



車の中、ずーっと抱きしめてほお擦りしてました。

私の涙で、3号の頬がぬれてしまいます。

冷たいのですが、3号の頬は、生きてるときとまるで変わらず

ぽちゃぽちゃと柔らかでした。

「かわいいなあ、かわいいなあ、お帰り・・・がんばったね・・・」

そっと頭をなぜて初めて解剖時の傷があるのに気づきました。

「・・・痛かった?ごめんなあ、えらかったねえ、がんばったねえ・・いい子やねえ・・」

でもその傷は髪の毛を剃ることも全くなくとても丁寧に処置されていました。

なるべく外見を変えないようにしてくださったのだろうと

ありがたく思いました。



とても不思議なのですが。

3号の遺体が帰ってきたら、きっとものすごく辛いと思ったんです。

でもね、嬉しかったんです。

ああ、やっと帰ってきたね、って。

そしてそれはきっと、3号の表情のせいだと思います。

全くいつもどおりの寝顔。苦しさのかけらもない。

それはそれは、気持ちよさそうに眠ってるとしか思えない顔。

半日ぶりにあった3号は、

ベットで見つけたときより、病院で亡骸を見たときより

いつもどおりの顔をしてました。

その顔を見て、3号は苦しまなかったんだと思うことが出来ました。

死んだというより、ずっと眠ってるんだと。

ずっとずっと、眠ってるんだと。

その3号自身の安らかな表情のおかげで、私はこの段階から少し持ち直しました。

親孝行な、娘だと、思っています。




読んでくださって本当にありがとうございます。

続きます。


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