徒然帳 目次過去未来
2011年05月29日(日) .....blind love(庭球/お試し版/改訂)




一一一一崇拝とは怖い。
意味は敬うとなっているのに、実際は違う。
物であれ人であれ、夢中になることである。
一途に想うことは、慕っていることでもあるが、そこに相手への配慮などがあれば言うことはないのだが……そのようなのは稀である。
好きで好きでたまらない一一一。
これは一歩的な心情である。
一一一一の為に、という言葉も。
相手の事を思っているようで、実は自分勝手な思い込みが多い。

恋は盲目一一一ではないが、他のものが目にはいらず、理性的な判断ができなくなるほどの崇拝を、リョーマは初めて知った。

言葉が通じない。
日本語なのに、会話が成り立たないのだ。


これをどのように避ければいのか、リョーマは知らなかった。
彼のもっている経験値では対処できなかったのだ。そのままどうする事もできずに、逃げる暇もなく事態は、周囲の流れを変える事となった。それは当時者であるリョーマをも巻き込んでの変化となって、彼を襲うこととなる。





盲目的愛情 blind love






それは突然、起こった。
誰もが思わなかった事態で、ほとんどの人間が呆然とする事となる。

放課後になり、準備運動が終わった頃である。
氷帝学園テニス部では、推薦枠で出場が決まった全国大会に向けての練習が続けられていた。レギュラーは元より、他の部員達の志気は高い。
せっかくのチャンスだ。このチャンスをいかして優勝一一一一それを狙って、休みを返上して全員が練習に明け暮れていた。
名門・氷帝学園。
今度こそ、負けは許されないのだ一一一と。
そんな高揚感に包まれた現場を切り裂いて、少女が飛び込んで来た。

「跡部!! 跡部!! 出てきなさい跡部!!」
黙々と練習するテニスコートに甲高い声が響き渡る。
周囲が少女の声に、固まった。

それもそのはず一一一少女は氷帝学園でも有名な人物であったからだ。
跡部景吾がそのカリスマで帝王と呼ばれるなら、彼女はその気高さで女王と呼ばれている。その能力の高さは跡部景吾と双璧を成すほどで、跡部自身も認めているほどの存在である。
2年生にして次期生徒会長とも言われている人物。
一一一一御門マリアが、怒りもあらわにテニス部に飛び込んできた。

ありえない状況に、周囲が強ばる。
跡部同様に、彼女に睨まれれば氷帝では生きてはいけない一一一むしろ都内ではまともに外を出歩けなるという黒い噂があったりする彼女の方が怖いかも知れない。

「なんだよ、女王。ウルセェぞ」
「いたわね! この馬鹿ッ!!」
ゆったりと歩いてきたのは跡部景吾だ。
突然の事態でも動揺しないのは流石である。後ろに樺地を控え渋々とやってきた。無視するには相手が悪いからだ。仕方ないと、練習を中断してやってきたのである。
美しい顔を真っ赤にして、普段見られないほどに怒り狂った表情に、跡部が首を傾げた。
「……………女王?」
「自分トコの面倒ぐらいちゃんと見なさいよね!!」
「はぁ……?!」
意味が判らない。
ワケ判らんと、更に首をかしげる跡部のあまりの様子に、ついにマリアの堪忍袋の緒が切れた。鼓膜を突き破るほどの大声だった。

「アンタの所の部員が、障害事件起こてくれたのよーー!!!」

凄まじい怒声だった。
テニスコートにいたテニス部員は、びくっと身を竦ませた。
反射的に「そんなわけあるか!」と突っ込んだ跡部であったが、マリアの様子から本気であることを知ると、途端に表情をあらためた。
様子を見守っていたレギュラー達も側に寄ってくる。
全国大会出場前に、そんな馬鹿なことはない。
あれほどに生徒が切望したのだ。跡部が了承した時には歓喜に沸き上がった氷帝学園である。そのような馬鹿な事をするわけ無い……と、マリアの言葉を聞いた全員が思ったことである。普通ならありえないことだった。

「………それ、詳しく話してくれるんやろ? 女王」
「その為に飛んできたんだもんな」
忍足と向日が神妙な顔でマリアに問いかける。
「おい! その馬鹿いったい誰だよッ!!」
「そうですね……それが本当ならボクも知りたいです」
「くそっ………」
怒り狂う者、冷静であろうとする者、様々だ。
その中、怖いくらいの無表情だったのが、跡部である。その目は異様に静かであるが、彼の本質を知る者は、一斉に引いた。
(((((やべぇ……マジギレ寸前だ)))))
レギュラー陣はこの後に起こる事態に、地獄を予想した。
恐ろしい。
マリアも恐ろしいが、テニス部の面々にしたら一番恐怖なのは、跡部の怒りである。テニス部に所属している者のほとんどが、跡部シンパであるからだ。
彼に嫌われるのだけは一一一一そう、思っている生徒ばかりである。
「どこのどいつや、跡部の機嫌、逆撫でしたヤツわ」
最もである。
こんなこと仕出かせばどうなるかは、みんな知っていたと思っていただけに、忍足の落胆は大きい。下手したらトバッチリがこちらに回ってくるかもしれないからだ。そんなのは嫌である。なんで馬鹿な者の為に………と、レギュラーの誰もが内心でぼやいていた。

「………ここで話せ」
押し殺した跡部の声に、コートが静まりかえった。
聞いたこともない声に、一部の部員が腰を抜かしたほどである。
バサリと髪をかきあげたマリアは「当たり前よ」と、跡部を睨み付けている。よっぽど腹に据えかねる事件なのだと、誰もが理解せざるおえなかった。

「刃物で相手の脇腹を刺した後に、左腕をパイプのような棒で殴って、その後一一一現場は駅前近くのショッピングモールね。その大階段付近から突き飛ばされて、全身打撲。通りかかったサラリーマンに発見されて病院へすぐに搬送されたけど……最悪よ!」
「………………そりゃ……」
「…………おいおい」
「ホンマかいな……」
「嘘だろ……」
「……………」
信じられないというテニス部員にマリアが続けた。
「サラリーマンはあまり見えなかったって言ってたわ。夜の7時頃で、ちょうど他のロータリーでイベントやっていて現場は人は少なかったそうだけどね………」
「けれど証拠があるんだな」
「ええ」
「不確かな情報だけでお前が殴り込んでくるワケねーし」
反論しようとした部員が跡部の指摘に固まった。
確かに一一一一彼女はそんなに甘くない。
いくら事件でも不確かなことで帝王に喧嘩を売るほど酔狂でもないのだ。そんなことをすれば学園は真っ二つである。帝王派と女王派の千日戦争勃発は、氷帝学園の崩壊を意味している。それを知らない彼女ではない。

「最近導入されたのよ、監視カメラ一一一一ショッピングモールとか駅周辺に、氷帝学園の生徒がよく出歩いているでしょう? その為にPTAあたりから安全対策が設けられてね。治安の向上を狙った自治体との協力で、先月から設置されているわ」

その言葉で確信した。
御門マリアは、確実な証拠を知って飛び込んできたのだ。

「監視カメラ一一一一姿もバッチリか」
「襲われている所もよ」
一斉に、テニス部は真っ青になった。
確実に出場停止処分ものである。
たった一つの馬鹿な事件で、あれほど夢にまでみた全国大会の取り消しである。あまりの事実に愕然とするテニス部の綿々に、マリアの氷点下の声が追い討ちをかけた。

「言っておくわ。………被害者は越前リョーマ」
「まさか……」
信じられないと、声がもれた。
氷帝学園ではこれほど有名な人物はいないだろう。
彼の存在によって全国大会へ行けなかったという過去があるからだ。
ハッと、息をのむ。
まさか……と。

「だから……なのか、女王………」
「そうよ。私怨。しかもテニス部っていえば、あんたの崇拝者で構成されているようなものだし………何よりすれ違った人物が聞いたそうよ『あの人の為だ』って」
「………………………。」
「間違いないわよ。『あの人の為、だから正しいんだ』って、呟き続けていた氷帝の生徒を目撃した人は多かったわ」

確かに跡部は崇拝されていた。
カリスマ一一一と呼ばれるほどに人気が高い。
盲目的に、彼の為ならば……という後輩達は後を断たなくて辟易したこともあったが、それでもそこまで道に外れた事をする非常識な輩はいなかった。
跡部は歯を食いしばって、おもわず唸る。

これは、侮辱だ。
あきらかに跡部の意志を無視した行動だ。
腸が煮えくり返るという、言葉通りの意味を痛感する。

『自分トコの面倒ぐらいちゃんと見なさいよね!!』
彼女の言うことは最もである。
跡部はテニス部のトップにいるのだ。
実力だけではない、統率力も問われているということである。

(……………絶対、許さねぇ………)

彼の怒りも最もであるが、同じくらい……いや、それ以上に怒っているのが彼女であると言うのを知るのは、少し経ってからだ。


「…………どこの病院だ?」
「駄目。私の権限で面会謝絶にしてるからしばらく秘密よ」
「アーン? なんでそうくるんだよ!」
咄嗟に感情をむき出しにする跡部など珍しい。
だが、被害者があの少年であるならば尚更だろう。
氷帝に負けをつけた強敵であるが、それ以上に彼という存在をテニスプレイヤーとして気に入っている跡部である。その想いはどうやら氷帝レギュラーも一緒であったようだ。
「謝罪しなアカンやろぅが……ケジメや」
「謝って済む問題じゃねーけど、しないよりはマシ!」
「面会謝絶って、そんなにひでぇのか……?」
「やはり誠意を尽さないことには……」
「………無事かどうかはこの目で確認したいです……」
彼等は本気で心配している。
マリアもそれを判ってはいたが、許すわけにはいかない事があるのだ。
「…………ねぇ、順番が違うわ」
そう、まずはやってもらわなくちゃならない。
ケジメというならそっちが先である。
「加害者一一一一私の前に連れてきてね」
にこりと、マリアは誰もが見愡れるような、極上の笑みを浮かべた。

「私の大切な従兄弟にしてくれた礼を、たっぷりと……ふふ……私の気が済むまで、しなくちゃならないもの」
















越前リョーマの事件は内々に処理された。
従姉妹である御門マリアの手によって、今回ばかりは誰も……いや本人ですら何も言うことが出来ない。不慮の事故とはいえ、あまりにも酷い怪我であるからだ。放任主義の南次郎もさすがにこれには眉を寄せた。
心血注いで作ったといっていい。リョーマは南次郎の夢の形である。
テニスプレイヤーとして最高のものを与えてきた。
それもこれも将来一一一一息子とテニスを思う存分する!一一一一のを、楽しみにしての事だ。その夢を壊されかけたのだ。南次郎の怒りは見た目より深かった。
これならば御門マリアに任せておけばよかったと、後悔する。
日本に帰国する時に、マリアの世話になるという意見もあったのだ。
物騒なことにはならないだろうと、甘く見て。

息子が自分とよく似ていた事を痛感した南次郎であった。
リョーマは善くも悪くもヒトの目を引きやすい。個性的な性質もそうであるが、本人は自覚はないが、カリスマ性がずば抜けているのだ。その所為で、よくトラブルになったことが多々あった。
けれど向こう(アメリカ)ではリョーマの実力がものをいった。あちらは実力主義である。能力を示せれば誰もが認める世界だ。
ラケット1本持たせて放り出した事もあった。
それで問題を出したことは無い。

困った事になった。
御門マリアは親戚の中ではリョーマ溺愛している。
事件発生から数分で病院に駆け付けたのは流石だ。両親の元に連絡をつけたのも彼女である。病院を御門所有にしたのは、リョーマを外敵から守るためだ。
リョーマの症状は、あまりにも酷すぎた。
加害者が同じ少年で一一一一テニス部に所属している生徒からの暴漢と知るやいなや、手を打って、学校名まで判ると飛び出して行った。
(自分の所の生徒じゃな……ありゃ抹殺するかもな)
手を打ったのはそれだけではない。
青春学園に退学届けまで出している。
これはもう……自分の元で守る気満々だ。

普通ならそんなことはしない。
リョーマの意志を無視するのは、彼女の本意では無いからだ。
しかし死んでしまったら意味はない。そのことを深く身に染みて知っている彼女だ。
(アイツの両親は事故だったな……)
突然の飛行機事故だ。
こればかりは注意しても仕方がないが、あの時の事で彼女が失ったものは大きく、背負ったものも大きかった。わずか十歳にして御門家の当主に座らされ、責務を押し付けられた。
それでも彼女は一一一一全うしている。
反発せずに受け入れて、立っている。
その強さは賞賛に値する。
(でも弱いんだよな。リョーマがかかわると……)
意外な弱点とは思わない。
アメリカにホームステイしていた時の事を知っているからだ。
彼女のリョーマに対するそれは、盲目的と言ってよい。

「ま、俺はリョーマとテニスができりゃそれでいいしな」

彼女の元にいようが、いまいが変わらない。
リョーマがテニスをやっていればそれでいいのだ。
病室をのぞけばリョーマが、痛々しそうに眠っていた。その横にはずっと、マリアが心配そうに付き添っているが、普段見せる気丈な姿は見る影もなかった。
(ありゃ……しばらくはべったりだな)

一一一一南次郎の予想通り。
リョーマが目覚めて、マリアは泣き落しにかかった。
昔から彼女に弱いリョーマが、陥落するのは近いだろう……。


安静が必要である状態でリョーマに断る意志はない。
両親もゆっくり静養しろと言ったからだ。それほどの酷い怪我で、左腕が動かない状況なのだ。無理をすれば悪化すると言われ一一一手塚部長を見ていただけに、怪我の養療をに専念することにしたリョーマであった。
テニスはしたい………。
けれど一生できなくなるのは嫌だ。

全力で相手を倒すことは厭わない。
けれどそれは試合中であればこそだ。
試合に臨んだ途中の怪我なら無理をしても、そのあとに後悔しても納得できるだろう。一一一怪我を押し込んでまでする試合なのだ。無二の試合に違いない。
だが今回はテニスでの怪我ではないからリョーマは静養することにしたのだ。

「完治からリハビリまでちゃんとするから安心してね」
「うん」
やっぱり頼りになる従姉妹だと感心するも、
「それと青春学園から叔父さんが経営する御門学園に転校手続きしたから」
「は?」
あまりの展開にリョーマが唖然とする。
寝耳に水。予想外すぎた。
「やぁね。青春学園にそのまま登校してごらんなさい、噂になるわよ」
「…………た、確かに……」
「それで好奇心旺盛な野次馬が『氷帝学園のテニス部』が加害者であることを突き止めて、大袈裟に騒ぎ立てられること間違いナシね。悪くすれば『越前リョーマの敵討ち』って、暴走されてこじれるかもしれないじゃないの」
「………それ、ちょっと大袈裟じゃないの……?」
「何言ってるのよ。氷帝と青学は仲悪いでしょうに……。試合とはいえ手塚部長の肩を壊したと、関東大会以降は空気が悪かったって………」
「…………………。」
「いずれ事件は知られるわ。その時に貴方が青春学園にいるのと、いないのとでは違ってくるのよ。煩わしいことが嫌いなら、諦めなさい」
マリアの言うことはもっともだ。
あまり事件を大きくしたくないが、このまま学校にいれば周りが放っておいてくれないだろう……。クラスメートも部員達も何かとリョーマに構いたがるのは本当だからだ。
仕方ないと、リョーマは目を閉じた。

(とにかく今は治さなくちゃ)

テニス云々は、その後である。


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お試し企画その1。
別の掲示板にアップしていたものを持ってきました
どちらかといえば……夢?


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