女の世紀を旅する
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| 2004年12月20日(月) |
《 中国が抱える試練 2 》 |
前回からの続き
※ そもそも,なぜ中国当局が靖国参拝問題や尖閣諸島問題で強硬な主張を貫き通すかというと,そこには中国共産党が対中戦争の過程で,すなわち日本との抗戦の中で成長し,中国の覇権を掌握した点を見逃してはならない。
日本という敵があればこそ,国民をまとめる共産党の存在意義は輝くのであり,常に日本を仮想敵国にしておかないと,一枚岩としての中国共産党体制は崩れてしまう。共産党員だけが特権階級のエリートとして君臨しているという社会的矛盾がいたるところに露呈し始めている。民衆の共産党への不満はいずれ爆発するだろう。
そこに視点をすえておかないと,なぜ中国の政治行動が近年,露骨なまでに反日的な姿勢を強めているかを理解することができない。
伊藤洋一氏のリポートもその点をズバリ指摘しており,注意を払いたい。
《 単位から個人に 》
政治はどうか。天安門事件の直後に中国に行ったときにはそうは考えなかったが、今回天安門に立って一つ考えたことがある。この相も変わらぬ茶色の門の中央に掲げられている毛沢東の写真を見ながら、「この写真が外れるのは、いつになるのだろうか」ということだ。むろんこれは修辞で、問題意識は中国における共産党一党独裁の終焉の日は何時になるか、という点だった。
どう考えても、今のすさまじい勢いで進む市場経済化、そして経済の煌びやかさが体制としての社会主義と齟齬をきたし、共存を難しくする局面があると思えるからだ。革命時の実績を持たない胡錦濤政権の実権掌握は、私には社会主義体制の延命にではなく、終焉を速めるようなものに見える。
滞在中に北京の知り合い何人かにこの問題をぶつけた。皆笑うだけで、「さあ」で終わってしまう。想像が出来ない、というのです。いや想像が出来ないだけでなく、中国の体制が変わることが世界のために、そして日本のために、さらには中国自身のために良いことなのか悪いことなのかも分からない。この意見には私も賛成です。なぜなら、それはこの巨大な13億を超える民を抱える国が少なくとも一時期は不安定化の状況の中をくぐることになるからだ。
しかしでは今の中国がそのまま20年後もあるか、といったら確信はない。ごく最近でも中国での変化を強く感じている人が北京には数多くいた。例えば旧知の間柄で、今回で北京を含めて中国駐在が三回目という時事通信の村山支局長は、最近の中国で一番の驚きであり、しかも中国の指導部に深刻な危機意識をもたらしたのは、例の日本と中国がアジア・サッカーの覇権を争ったサッカー場での反日運動だった、というのだ。この騒動の全貌は日本にも伝わっていないし、ましてや中国ではそのごく一部でさえも伝えられていない。
何が中国の指導部にとってショックだったのか。それはああいう反日の動きが出たことではなく、それを必要に応じて抑えられなかったことだというのだ。以前だったら、指導部が抑えようとしたら抑えることが出来た。中国の共産党支配は国営企業、農村社会など各単位を党ががっしり抑えて、その政治意識を押しつけていく、浸透させていくというプロセスだった。それが今まではワークした。天安門事件のような武力を使って抑え付けた事件もあったがあれは例外で、中国は今までは民衆感情の爆発を抑制してきた。
しかし今回の事件は違った。重慶のサッカー場での日本チームへの中国民衆の仕打ちは、対戦相手が中国でなかったにもかかわらずモノがピッチに次々と投げ込まれる酷いものだったらしい。あまりにもひどく、そのまま北京の工人体育サッカー場に持ち込まれれば国際的非難を浴びそうだった。で、中国の指導部は北京では日中の決勝戦は整然と行おうとしたし、一部の指導者はそれを日本に約束した。にもかかわらずそれが出来なかった。
中国民衆は、日本公使の車までボコボコにした。これにはさすがの中国も日本に謝罪せざるを得なかった。それが中国の指導部にはショックだったというのです。民衆に対する自らの指導力、そしてコントロールする力の著しい低下。
あのときサッカー場に居て、実際に場内の雰囲気を見ていたと言う友人を持つ住友信託北京事務所の甲斐さんの話を伝聞で聞きましたが、日本で伝えられているような「一部が跳ね上がり、全体を先導した」といった類のものではなく、君が代の段階からサッカー場全体が異様な雰囲気で、とても「一部の人間の」と言えるような状況ではなかった、という。つまりそれは中国民衆の激しい反日感情の横溢が顕著に表れた事件だったらしい。
中国側の観客席にいた日本人は、あまりの恐ろしさに意に反して中国側のチャンスの時にはそれに併せて手をたたいた。そうしなければ危なかったという。
直前まで北京のサッカー場に来て試合を見る予定だった曽慶紅・国家副主席が来なかったのは、「とても望むような試合会場の雰囲気には出来そうもない」と事前判断した指導部が、「リスクを避けた措置」だったと思われている。国家副主席が来ているのにあの荒れようでは、中国の指導部の権威が問われるし、それを許したとなれば対日関係上だけでなく、中国指導部の統治能力への疑念に繋がる。逆に言えば、最初から「抑えられそうもなかった」「抑えられないと分かっていた」ということだ。
ではなぜ、サッカー場に集った中国民衆には中国指導部の意向が反映しなかったのか。キーワードは「単位から個」だ。この言葉を使ったのは村山支局長。ポイントは、中国において支配プロセスの中で重要な役割を果たした「単位」が崩壊して、今や若者を中心に「個の時代」に入りつつある、そこではしばしば政府のコントロールが効かない、というのだ。「個」は、日本と同じように独立した行動意識を持つ。持つが、例えば夜中のチャットなどでインターネットを通じて感情を相互に高ぶらせている可能性が高い。彼らは政府の号令より、ネットの共有感情を大切にして生活している。
「単位」というのは、中国では例えば国営企業とか集団農場などの組織を指す。中国政府はそれらを支配単位にして、支配のピラミッドを形成してきた。むろん毛沢東の紅衛兵運動など思想運動もあったが、日常的には「単位」支配で民衆をコントロールしてきた。その「単位」を通した支配が、効かなくなってきている。例えば国営企業は行き詰まり、大量のレイオフが発生している。また、農村社会の共同体意識は崩れ、大量の農民が都市に出稼ぎに出る一方、農村社会でも利益優先の考え方が支配的になった。中国も「単位」が中心ではなく、「個」が前面に出てきている。
その「個」が「砂」のように希薄な関係で集合し、しかし時として大衆として集う社会を作り上げている。それを権威である方向に動かそうとするのは難しい、ということだ。先進国では当たり前でが、中国もやっとそうなってきたと言える。それは時代の趨勢だが、コントロールは難しい。「個」は分散しているが、夜中のインターネットでの通信やチャットの中でいくつかの固まりを作って、感情を爆発させる。
最後には国民をコントロールできる、と今まで思っていた中国指導部には愕然とする事態だろう。愕然としたばかりか、「かなり強いショックを受けている筈だ」という人が多かった。中国の指導部にとって整然と開きたい筈の2008年のオリンピックは、もう目の前だ。
北京市内を走るとすさまじい建設ラッシュで、選手村の建設、施設の建設はもう始まっている。アテネのように直前まで施設建設が続けられる、という状況は北京では起きそうもない。しかし、今度は「国民がどう動くか分からない」状況に直面している。具体的には日本や台湾が登場する試合がどういう展開を見せるのか。
中国は「単位から個」への大きな変化の中で、今までとは異なった政治状況に直面しつつある。そしてそれは、少し先の中国の政治意識を思わぬ方向に向かわせるかもしれない。指導部に向けられることもあるかも知れない。先に私の想念として「毛沢東の写真のない天安門」を考えたと言ったが、それは私の勝手な想像とは言えないだろう。
《 抗日戦争の中で育った中国共産党 》
外からは見えないが、中国の指導部が見直し始めたであろうと思われるのが、愛国教育の中身だ。北京の街を歩いていると、今でも国民が優先すべき事項を指示した立て看板があって、そこには第一に「愛国」がうたわれている。漢字が読める日本人の私には分かる。
今の中国の体制下において、「愛国」とは何か。これは日本人がよく認識しなければならないと思ったのだが、中国共産党の結党から発展、そして蒋介石を追い出して戦争を遂行し、そして政権を取るまでのプロセスは、「対日戦争、対日愛国運動」と表裏一体だ、という点だ。つまり、中国共産党の権力への道は、反日戦争、反日思想教育の歴史そのものなのだ。
江沢民が90年代に盛んに行ったと言われる「愛国=反日」教育についても、何人もの人から「もともとあったもの。それを江沢民は強化しただけ」と聞いた。考えてみればそうだ。中国共産党の歴史は、「反日闘争」そのもの。彼らは、今回のサッカー場での民衆の動きを見て、「やりすぎた」とは思っているかもしれない。だから、少し修正しようと。しかし、やり過ぎをどう修正するかは大きな問題だし、反日に繋がりやすいからと言って愛国教育を止めるわけにもいかない。
なぜか。登場する次のキーワードは「革命後50年」「政権の正統性」だ。中華人民共和国の成立は1949年10月01日ですから、今は既に55年がたとうとしている。革命後50年たって、実際の革命運動での英雄的役割を認められた人々は政界を去りつつある。英雄としてたたえられた毛沢東、周恩来、��小平らは、革命運動での戦果や統治で「政治家としての正統性」を与えられていた。しかし、胡錦濤もそうだが、今の指導部にはトップになるまでの強い実績はない。一世代前の、そして��小平のお墨付きをもらった江沢民でも、自らの統治の正統性を裏打ちするために90年代に国をまとめる愛国教育をした。その愛国感情が、中国のネットを覆っている。
村山支局長は、「日本で言えば今の中国は、日本の維新後50年くらいの明治から大正への時期に当たる」との見方をする。指導部も代わり、革命(明治維新も一種の革命です)の理念は薄れ、社会の流動化が進む。日本の大正時代がそうでした。まさに今の中国は、サッカー場での出来事を見ればそうなっている。指導部の意志が民衆に伝わらない、というよりも民衆から無視される時代に入っている。
中国の指導部には、他の多くの国の指導部がそうであるような「選挙で選ばれた」というような正統性は存在しない。胡錦濤だってなぜ彼が江沢民の後任になったのか自ら説明できない。今はニューヨーク・タイムズの報道をきっかけに、私が北京滞在中には今回の会議では江沢民が辞める、辞めないの話になっていたが、それにしても中国の指導部は自らの権力者としての正統性の担保に苦慮している。彼らはほっておけば「砂」と化しかねない民衆をなんとか政治にとって粘着力の残るものとするためにも「愛国教育」が必要だ。しかし、その愛国教育はどうしても「反日」と表裏一体になっている。
正統性がない政権が正統性を主張しようとしたら、「その政権でうまくいっている」という証、国民に対する説得材料がほしい。中国の場合それは「経済発展だ」と多くの人が見る。有人衛星を打ち上げるのも入るかもしれないが、日常的に「この指導部で良い」と思ってもらうためには「国民を豊かにする」ことしかない。それが出来れば、国内は治まる。ということは、今後の中国の指導部は、今まで以上に「成果」にこだわるだろう、ということだ。
もう一度確認しておくと、「中国共産党の歴史は、抗日運動、対日戦争の歴史そのものであり、中国の愛国は直ちに反日に繋がる要素・様相を色濃く持っている」ということである。これは生半可なことでは消えそうもない、日本人が心しておくべき事実だと言える。
革命での実績という「政権の正統性」を失った中国指導部が、「政権の政治の成果」として国民に提示できる最大のものは経済発展だ。しかしこれは100%保証されものではない。景気は先進国でも制御が難しい。問題の一つは、中央の統制が必ずしも地方に対して効かない、という事実だ。「個」化した民衆に対しても中央政府のコントロール力は弱くなっているが、地方政府に対しても弱くなっている。なぜなら、地方も豊かになることを急いでいる。だから隣の省が製鉄所を作れば我もということになる。それを足し合わせると、国としては過剰投資になる。が、地方はこれを中央政府に隠れてもやろうとする。中国の経済政策はコントロールを失いやすい。ということは、制御が難しいということだ。
軍の最高指揮権を確保し、中国の実質支配に入った胡錦濤政権。しかし、彼が直面する問題は大きい。
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