女の世紀を旅する
DiaryINDEX|past|will
| 2004年12月19日(日) |
中国が抱える試練 1 |
〈中国が抱える試練1〉
以下は伊藤洋一氏の最新の中国リポートの一節である。ずばり中国の内政の諸問題をあぶり出しており,一考にあたいする。
中国にとって、2004年の秋は一つの橋を渡った時と言えるかもしれない。正式メンバーではないものの、先進国クラブと言われる先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)にアメリカ政府から正式に招待され、正式会合後の晩餐会に参加したのだ。出席したのは金人慶(Jin Renqing)・財政相と中国人民銀行(中央銀行)の周小川(Zhou Xiachuan)総裁。今までのように「中国の事は中国が決める」という頑なな、非開放的な姿勢ではなく、投資過熱の問題、金利引き上げの是非や人民元為替制度の柔軟性拡大の問題を先進諸国と話し合った。今までの中国とはかなり違った姿勢だ。
世界における中国の位置づけは、今微妙なところにある。その微妙さと、一方での巨大さが、この国を良い意味でも悪い意味でも突出させて見せる。まず中国は、どう見ても先進国ではない。なにせ国民一人当たりのGDPを3000ドルにしたい(それを小康社会と呼ぶ)と言っているのだから貧しい。韓国の同GDPは実績で10000ドルだから、その三分の一が目標と言うことになる。日本は実績で30000ドルに近い。上海や他の大都市の華やかさとは別に、中国は全体を見れば依然として貧しい国だ。それは中国の田舎に行けば直ぐ分かる。
だから、中国はG7の正式メンバーではない。中国は自らを「巨大な開発途上国」と言っている。何よりも他の先進国に比して異質なのは、経済体制では市場経済を理想にしながら、中国が一般国民による公正な選挙も行っていない社会主義国だと言うことだ。しかし、他の先進国が関心を逸らすことが出来る普通の途上国でないことは明らかだ。中国の経済状況の変化や経済政策が世界経済に影響を与えるまでに至っている。日本を上回る大量の石油を消費し、世界最高額の外資を受け入れ、世界のマーケットを震撼させる。
2004年の秋(9月11から16日)に、私(伊藤洋一氏)としては同年3回目の中国訪問を行った。ラジオ局の番組製作に参加する形で行ったもので、前2回(3月と4月)の中国訪問が主に中国の企業(日本との合弁を含む)取材だったのに比較して、中国の経済政策を当局者に聞くための旅だった。この2004年秋の我々の北京訪問と相前後して、中国の軍の指揮権を含む最高指導者には胡錦濤が就任、��小平から権力を禅譲された江沢民時代(1990年の10年と2000年から2004年までの14年間)が終わり、文字通り胡錦濤時代の始まりとなった。
胡錦濤は2004年の第16期第4回中央委員会総会(4中総会)で中央軍事委員会主席の座を江沢民から引き継いだ。今までも党の主席などの地位は持っていたが、軍の主席の地位こそが、中国の最高権力者の証であり、胡錦濤はそれを手にすることによって中国の最高指導者の地位をやっと獲得したことになる。「胡錦濤時代の中国」の始まりである。
《 微妙な、しかし揺るぎなく大きな存在 》
実は私にとって北京訪問は久しぶりだった。中国の他の都市はしばしば行っているのに、北京に前回行ったのは確か天安門事件(1989年6月)の後だった。その時北京を案内してくれた友達が天安門で地下に通じる通路を指して、「ここから人民解放軍の兵士が大量に上がってきた」と解説をしてくれたことを思い出す。今回の北京でも通訳の人が「私はあの事件の翌日に天安門にいた」と当時のことを話してくれたが、そういう意味では私の記憶にある北京は実は14年前の北京である。
天安門の前は、当時と変わった印象はしなかった。しかし、驚いたのが天安門の前を走る道路(東長安街)沿いの風景だ。天安門事件の直後に北京に行って宿泊したのは長富宮というニューオータニの関連ホテルだったが、その時かなり上の階の自分の部屋から東長安街を見下ろして、「寂しいところだ。ビルも少ないし、街も茶色っぽい」と思ったことを思い出す。人民服を着た人は普通に見かけたし、人々の表情も暗いものだった。王府井(わんふーちん)も、「これが聞いていた繁華街?」と首を傾げたものだ。何せ片道1車線の道路で、人と車が寄り添うように危なく行き来していた。
しかし今回はどうだ。東長安街の変貌ぶりには驚いた。天安門から長富宮の近くまで歩いたが、道路が広いのは相変わらずだが、王府井は全面改装されて日・祭日は広い歩行者天国になり、その直ぐ近くにグランド・ハイアット・ホテルが完成し、その先には世界的なブランド・ショップが高いビルの一、二階を占め、人々は綺麗な衣類を身に付けていた。今回北京の街を歩きに歩いて、人民服を着た人に出会ったのはたった一人だった。しかも小綺麗で、当時の普段着としての人民服ではなく、ファッションに近かった。女性の化粧はまだ下手だが、着るものに関してはかなり前進した。
中国の大都市の変貌・先進国化は、今年だけで私が行った上海、成都、大連などでも見られるものだ。瀋陽のように10年前の中国を色濃く残している都市もあるにはあるが、中国の都市、そこに住む人々、そして彼らの生活様式は限りなく先進国の我々に接近している。中国がただの途上国でないことは明らかである。都市には年収が10000ドルに接近したり、それを超える人が多いのだろうことは容易に想像が付く。でなかったら、ブランド・ショップなど立ちゆかない。一説によれば、個人金融資産が1億円以上の人の数は日本より中国の方が多い、と聞いた。人口が13億で日本の10倍であり、経済も著しい発展を遂げている国・中国で、「日本より金持ちがいる」と言われても、私は驚く気にはなれない。街の比較的値段が高く、美味しいレストランには、数多くの中国の人が家族連れで押し寄せていた。90年代の初めには見られなかった光景だ。
しかし、繰り返すが中国は先進国ではない。だから、G7にもアメリカ政府の招待でやっと閣僚の金人慶・財政相と中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁が出席することが出来た。今までは中国はG7には次官級しか派遣できなかった。中国から参加した二人にとっても、自らの国が獲得しつつある椅子の大きさを感じた一瞬だろう。他の国の正式メンバーからの参加者、特にカナダのようにGDPで既に中国に追い抜かれていたり、フランス、ドイツ、イギリスなどもうすぐ追い越される国々にしてみれば、中国の参加は何かしら脅威に感じる初G7会合だったのではないか。容易に想像が付くのは、双方にとって居心地の悪い、神経を使う出会いだった筈だ。だから、中国に対する露骨な批判は聞かれなかった。比較的素直にものを言ったのは、招待主であり11月2日に選挙を控えているアメリカだった。
ポイントは、先進国としてもG7に中国を呼ばざるを得なかったということだ。2004年秋のワシントンにおけるG7の焦点は「石油」と「為替、具体的には人民元問題」だったが、この二つともに中国の欠席では話が進展しない。討議の意味さえなかった。だからアメリカは中国を招待し、中国も世界に自らの政策を説明する責任があり、説明した方が将来にわたって有利と考えたのだろう。
まず石油。10月に入ってWTIでバレル54ドル(執筆時点)にまで上がった石油の高騰について言うならば、明らかに中国の影が大きい。10月初めの新華社通信の記事に以下のようなものがあった。
「中国の今年1〜8月の石油対外依存度は40%に達した。2002年は32.6%だった。経済の高度成長にともなって2020年には60%を超えるとの見方も出ており、原油の国際相場を底上げする要因になっている。 税関統計によると、1〜8月の原油輸入量は7996万トンで前年同期比39.3%増、石油製品輸入量は2531万トンで36.4%増だった。」
前年同期比で4割の石油輸入を増やす中国。しかもその中国の石油消費量は既に2004年の段階で日本を抜き、そう時間を置かずにアメリカに接近すると見られる。中国は1993年に石油の純輸入国になって以来、一貫して輸入を増やしている。中国の今の経済成長が続き、またそのエネルギー使用効率の悪さが改善されないとすれば、中国の需要が増え続けることは容易に想像できる。中国は既に石油輸入量で韓国を抜いている。この「需要増加予想」が世界の石油価格高騰の主要因となっている。現象的にはロシアのユーコスの問題、ナイジェリアの労働紛争、メキシコ湾を襲ったハリケーンの影響など様々な要因が挙げられるが、根本要因は中国の石油輸入増加である。2004年秋のG7が「原油高」を一つの討議材料としたときから、中国の参加は必要だったのだ。
もう一つの「人民元問題」。これはアメリカが熱心だった。一時は日本も熱心だったが、日本の対中貿易収支は2004年には大幅黒字になって、切り上げ要求のトーンを落とした。対して、中国に対して恒常的に大幅な貿易赤字を出しているアメリカが、大統領選挙とのからみで人民元を切り上させる意図を持って「人民元制度の柔軟性向上」を中国に要請していた。それを国際会議の場に持ち出そうとするなら、G7が最適だ。
人民元がどこの国の通貨かと言えば、当たり前だが中国である。しかし従来のG7の枠組みでは、中国が入る余地がない。となれば、正式に来て貰って閣僚がいる前で説明して欲しい、というのがアメリカの気持ちだった。当事国がいなければ話し合いも出来ない。つまり、G7が直面している二つの大きな問題において、中国がいなければ当事者のいない会合になってしまって格好がつかなかったのである。だから、中国を呼んだ。
しかしだからといって、その結果出てきたG7の声明は中国に強く自覚を促すようなものでもなかった。当たり障りのない、新味と言えば原油高に対する産油・消費両サイドへの要望を入れた、それ以外は従来のG7の声明とあまり変わらないものだった。なぜか。中国はしゃくに障る面があるが、だからといって排除できない、先進国にとってむしろ自国のお客さんにしたい国だからだ。
では、中国はG7の正式メンバーにはなれないのか。規模は十分である。GDPで見た中国の経済規模は既に正式メンバーのカナダを上回っている。他のG7メンバー国との関係を見ても、日本にとっては既に中国がアメリカを抜いて最大の貿易相手国になった。アメリカにとっては日本以上に赤字を抱えた貿易相手国である。ヨーロッパに目を転じると、スペインでは安い中国の靴に対する暴動事件まで起きている。各国にとって「中国」が実感できる、相手にせざるを得ない貿易相手国、世界経済にとっては重要な構成要素になりつつある。そういう点から見れば、中国は早くG7のメンバーになった方が良いように思う。
しかし問題はそう簡単ではない。そういう問題意識を抱えながら、2004年の秋に中国経済を動かす人々、その周辺にいる人々にインタビューした結果を以下に報告しよう。中国が時間を置かずにG7の正式メンバーになるのか、という問題意識に関して言うならば、私の結論は「少し先になる」というものだ。この問題を考える上でのいくつかのキーワードは
「グラデュアリズム」 「最善よりベストな選択としての次善」 「安定と効率」 「合法より合理」 「信用システムの欠陥」 「政治的リスク」 「桎梏(しっこく)としての社会主義」
の7つである。私はこれを今の中国を経済中心に語るときの「七つのキーワード」と名付けた。2004年秋の北京訪問(9月11日〜16日)では
李揚・中国社会科学院金融研究所所長(元・中国人民銀行貨幣政策委員) 夏斌・国務院発展研究中心金融研究所所長 呉軍対外経済貿易大学金融学院院長、丁志杰副院長、何自云副教授 王元龍・中国銀行国際金融研究所副所長 の合計6人の方と長時間のインタビューと意見交換を行った。実質二日間でこれだけの方に会ったのできつい日程だったが、「曖昧さの中を突っ走る中国経済の力強さと裏に潜む脆弱性」が良く理解できた。 まず「グラデュアリズム」(gradualism)。漸進主義。インタビューをした多くの人の口から、「ロシアと比較した場合の、中国の改革の特質」として
「社会の安定を壊しても急進的なことをするという姿勢は取らない」 「効率を求めすぎると安定が失われる」 「最善と思えるものをあえて避け、次善策のなかに最も良い結果をもたらすものがあると考えることも可能」
との発言があった。中国のインテリには、ソ連やロシアの改革がよほど反面教師に映っているようで、あそこまで安定を失って改革することはない、との思いが強いようだ。なぜ彼等がそう考えるのか。その理由の一つは、ソ連やロシアになくて中国にある重荷、「13億人」という人口である。中国銀行国際金融研究所の王さんの口からは、
「改革もいい。しかし中国の為政者にとって重要なのは13億人の民をどうやって食べさせるかだ」
という��小平が言った有名な言葉が出てきた。通貨問題の担当者の口からこの言葉が出てきたことの意味合いについては後に説明する。筆者もこの言葉を知っていて、中国の為政者の政策を理解する上では一つのキーワードだと以前から思っていたが、今の政策通の口から出てくるとは思わなかった。斬新主義は時間がかかる。いくら日本やアメリカがいらいらしても、中国は「グラデュアリズム」を選択している。そしてしばらくその方針を変えそうもない。
ここから、次の二つのキーワードが繋がってくる。
「最善の策よりベストな選択としての次善の策」 「安定と効率」
前者は、最善の道を取るのは望ましい。しかしそれを取ると大きな社会的混乱と、先行き不透明な状態が訪れるとしたら、中国は次善であるかもしれないが社会の安定維持と民を食べさせ続ける道を選ぶ、というものだ。確かにソ連とロシアの改革は騒々しかったし、ロシアは依然として急速な人口減少の中で政治・経済とも混乱状態の中にある。その混乱状態の中で、プーチン大統領の権限拡充が続く。しかも、テロリストの活動も活発だ。「中国はその道は取らない」と多くの人がはっきり述べた。効率を求めて安定を壊しては何もならない。「安定と効率」の両方を大切にするのが中国の政策であり、それは結果的に「漸進主義」になる、というのである。
確かに今までの中国は「安定と効率」のバランシング・アクト(均衡作業)に成功したし、それ故に今の繁栄があるとも言える。貧富の格差が大きいとか、いくつかの部門で投資の過熱が見られるとか弱点はある。しかし、ほぼ毎年中国のどこかの都市に行っている私のような人間から見れば、中国は着実に豊かになっている。それは世界経済の奇跡というにも等しいと思う。今のところ中国では「漸進主義」は成功している。
しかし中国が着実に忘れてきたもの、今後しなければならないことはいろいろある。西側のマスコミで良く言われるのは「都市と農村の格差拡大」「農村の失業者問題」だ。しかし、「中国にはもっと重要な問題がある」というのが私の印象だった。
それは社会主義体制の下でおざなりにしてきた市場経済に見合った法体系の構築の問題である。ちょっと考えれば分かるが、我々の経済行動は法律に守られているから安心なのである。その法律が契約を担保し、それによって所有権が移転する。基本的には市場経済では財産私有制が基本である。土地、建物からあらゆるものに所有権があり、それが移転し、担保として稼動することによって経済が成り立っている。
しかし社会主義はそうは考えなかった。少なくとも今までは。今でも中国では土地は国のものだ。経済で一番重要な資産の一つである土地が国有なのだから、少し考えても分かるが中国の経済は先進国のそれとはかなり違う。つまり「信用のシステム」が全く違うのである。違うのに市場経済を導入しようとしている。と、どうなるか。法律から見れば曖昧、どちらかというと疑わしいことが一杯出てくる。法的不備が山積しているのである。山積しているが、それを法律問題、政治問題として解決してから前進しようとしたら、ちっとも前に進まない。
そこで出てくるのが「合法より合理」という考え方だ。これも数多くの中国当局者の口から出てきた。合理とは何か。それは経済の発展、市場経済の普及、そして国民の経済的豊かさだ。その為の政策を選択するときに重要なのは、その政策が「合理」かどうかであって、「合法」が先に来るのではないというのが中国のインテリ達の考え方なのである。
それはある意味で理解できる。建前としてでも社会主義の政治体制とイデオロギーをとっている国が市場経済を導入して経済活動を活発化しようとしたら、「合法」の部分を意図的に捨象せざるをない。なぜなら、"社会主義的"合法に合致しない部分が一杯出てくるからだ。それを忘れなければ、前に進めない。「将来問題が生ずる」「問題を先送りしている」と分かっていてもだ。WTO加盟で中国の法律作りは進展しているが、まだまだの部分が多い。
その象徴的問題が土地だ。先にも書いたが、中国の土地はすべて国のものである。それなのに中国ではマンション・ブームが起きているし、土地投機が盛んだというニュースが出てくる。それは何故か。土地を持っている筈の国が商業地は大方50年、宅地については同70年の定期借地権を設定して、それを売っているからである。その定期借地権を基礎に、土地の売買が行われ、マンションが建ち、それが投機の対象になっている。
しかし、誰も正確にその定期借地権の価値を知らない。タイム・ディケイの問題をどう考えたら良いのかも分かっていないし、だいたい定期借地権の権利がいかなるものであるかも正確には理解されていない面がある。筆者もこの問題を香港H株の浙江滬杭甬(浙江高速)株に投資するときに相当考えた。一体中国の高速道路会社というのは、土地を所有しているのか、定期借地権だとしたらそれがどれほど価値のあるものか、と。しかし結局よく理解できないまま投資し、これまでのところその投資は失敗していない。
|