ちーちゃんの日記

2009年04月10日(金) 来年の桜はみれるのか・・

最初に・・・。
来月の交地、サークル参加か一般か決めていないけど参加予定です。
参加なのは間違いないけど、上記どちらかにするかは当日までの体力
次第・・・。
あ、オフ会とかどうしましょう?
会場は、横浜に出るには近いです・・・中華街まで多分30分もかからない。
逆に、あの会場の付近は何もないですね・・・品川まで出るか横浜まで出るかしないと。
まあ、行ってもいいか、な方がいらしたら適当に集まっていくとか。
ちょっと、私が体調、最近の仕事の平日の日程などがあって、毎日タイムリーにPCも
見れないし取りまとめは難しいので。

先日、姜維の外側の人の舞台を見て来て、今度また日曜日に行く予定。
来月初めには、凌統の外の人の舞台、これはSHTでアバレブルーだった人も出るので
行ってくる予定。

こうして、何かしら入れてないと、もう気力がなえて外に出ることも難しくなってきた・・・。


咲くまでに時間がかかった桜が、満開になり、今散り始めている。
ミクシとアメブロには写真のっけましたが。
写真は、先週行った実家ちかくの桜の名所。
また今年も、劫初の桜をみることができた。
桜月夜・・・桜の間から見る月。
桜というと私が思い出す歌が2首ある。


1つは、
『清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢う人みなうつくしき』
与謝野晶子の歌。

2つ、解釈があって、”みなうつくしき”は祇園の舞妓さんたちだ、という説。
もう1つは、これから恋人に会うのでうきうきしてすべての景色が光り輝いて見える、という説。

叙情的な、それでも桜の仄かな花明かりに照らされた情景を思うと心がなごむ。

もう1首は、
『見渡せば 柳桜を こきまぜて みやこぞ春の 錦なりける』
古今和歌集からの引用。

柳の薄黄緑、桜の薄紅。
これらを敷いたような高台から都を見下ろす情景の美しさ。

他にも、桜と言うとたくさん歌が出てくるが、きっと日本人の心に、花を咲かせ、そして潔く散りたいという
美意識があってそれに桜を重ねているのだろうと思う。

何かあったときに、歌を引用・・・とはまさに平安時代のようで、世が世なら、このスキルは重宝されてたのだろうけど、
今は残念ながら現代。
でも、先人たちの思いと共に桜を見ることはできる。

散り始めている桜を見ていると、来年もまたこの桜を見ることができるのか、と思う。
知り合いの知り合いが、癌でことに、桜の咲く季節はそういったもの思いが強くなると聞いた。

私も・・・またいろいろあった。
会社側が、休職しろと言う。
休職期間中、給与の6割は出す、だから元気になるまで休め、と。
これは、どうみてもそのまま、フェードアウトさせるか、元気になったらまた転勤の話を出すか、
目に見えている。
多分、「私を解雇したら、病気の人間を解雇したということで労政事務所(に訴えます)」と言ったのがきいているのだろう。

でも、ここ最近、かなり体調が悪い。
体力も落ちまくっていて、心療内科を受診。
今まで担当してくれた先生が休みのため、代診・・・どうしてよいかわからないから相談しているのに、自分で決めろとか、
薬を出してもよくならない、ストレスが原因、休みたいなら休めば・・・と言う・・・。
それが出来なくて、働き続けなくてはならないから、だから転職活動しているのに・・・。

今の私の環境は、弱っているところを数メートルはなれていないところから、ハイエナやジャッカルが狙っているような感じ。
ほぼ毎日、人事からの嫌がらせのようなものをうけ、2月から3か月闘病生活、そして人事と闘っていれば
誰でもこうなるそうだ。

本当は、人に会うのも話すのも、外に出るのも苦痛で、ずっと家で眠っていたい。
でも、それを無理に理由をつけて外出している。
もう、治療しようにも薬にさえ抵抗力がなくて身体が負けてしまう状態。

つかれたな。

来年の桜は見られるのかな。

『誘えよ 光る一筋 花の滝』
詠み人知らず・・・ではなく、今つくった私の俳句。
しばらくぶりに作った。
そういえば、親も大学の先生も、私が研究の道や歌つくりの道に行かないことを残念に思っていたらしい。
・・・お金が稼げるなら考えたけどね・・・。
でも、歌は詠むと研ぎ澄まされる何かがあるから読んでみようかな。


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ちーちゃん