あっこのPiano Diary...あっこ

 

 

vol.31 初めてのアドリブ - 2002年06月20日(木)

キャバクラ君に借りた稲森メソッドのフレーズ集を私は何回もめくるので、気のせいか背表紙にしわが寄ってきたよーな気がする。
ということで大阪駅前ビルの「ササヤ書店」で自分用のを買った。ついでに
「初心者のためのアドリブフレーズの作り方」という本も買った。
そう、私は初心者なのだ。師匠指定の教科書は「理論はわかるが、アドリブに行き詰まった人」の為の本だもの。

その日、「ササヤ書店」のあるビルの隣のビルの地下にキャバクラ君はいた。私も時々加わるメンバーと一緒に居酒屋にいたのだ。ケータイで連絡をとって参上し、
やはり彼に会って質問することにした。
なぜなら稲森メソッドのフレーズ集のディミニッシュスケールの項目で、何故そうなるのかわからないところがあったからだ。

今回はみんなと飲んでる時間もないので、飲みも食べもしないで10分位したら帰るつもりでいたが、彼も質問されたらやはり音楽畑の人間、必要以上のことまでいろいろと小1時間も説明してくれた。
やはり「キャバクラ君」と呼んじゃいけないな。大事にしないといけない友人の一人となってしまった。
「ほんまに帰んのー?なんか寂しいなぁ」と、20代の女の子しか相手にしない彼は心にもないことを言って私を見送ってくれた。

さて、レッスン当日。
「ジャズ批評」というマイナーな雑誌(といってもいわゆるクラシックでいう「音楽の友」とか「ムジカノーヴァ」といったあたりか?)のCD紹介のページに、師匠の初CDが紹介される事になった、と開口一番師匠は言った。んとにもう、自分の宣伝はぬかりない。(コンサートに来なかったことを白状せずに…とまた思ってしまう。私は相当根に持つほうかも?)
まぁでも、自分が「この人」と思った人が良い評価をされるのはこっちも気持ちがいい。確かに演奏を聴いた上で習おうと思ったわけではないが、自分のアンテナの正確さ?にちょっと「ウーン、マンダム…」(歳がばれる?)、つまりノドをゴロゴロ鳴らしている猫状態。しかしのー、師匠もどうせなら月末発売を過ぎてからその雑誌を見せてくれりゃあいいじゃないのさ。よほど嬉しくて宣伝してんだな。

稲森メソッドのフレーズ集からそのまんま使ったもの、部分的に使ったもの、自分で作ったもの、もとのメロディー、の4つをあーでもない、こーでもない、と組み合わせてなんとか形にしていったつもり。でも、できたのが前日の朝で、しかもいろいろ忙しくて殆ど弾いてなった。なので、師匠の前で弾いたのは散々だった。左手の和音が正確に掴めなかった。ほんと、ジャズの和音って、慣れるまで難しい。
師匠は「フレーズの分析をしましたか?」という。
「へっ?」
「ひとつひとつの音の意味はわかってますよね?」
「意味?(なんじゃそりゃ)ってどういうことですか?」
「考えて作ってきましたか?」
「いーえぜんぜん」
「じゃあ説明しましょう」
と言って説明をはじめてくれた。聞き始めてわかった。フレーズをなしている一つ一つの音が、あのコードの構成音であるとか、どれそれのスケールの構成音であるとか、そういったことだ。
なんだ、そういうことか、と思ったが、やはり自分では説明できないところもあった。教会旋法なんて理屈はわかっているけど、音階の流れの響きとしてはまだ頭に入ってないんだもの。「これはロクリアンの音のひとつです」と言われて初めて頭の中で「ロクリアンはたしか、幹音でシ−ド−レ−ミ−ファ−ソ−ラ−シだったよな…」と反芻しているうちに師匠の説明は先へ進んでいく。

私の演奏は、やはり付点がキツイそうだ。クラシックでは付点のリズムが3連符みたいによたつくと「付点が甘い」と言うが、ジャズではその反対にキツイと「付点がハネる」という。これでもだいぶ甘く弾いたつもりだったのだけど。でももし付点を「ハネない」で弾ける様になったら、今度はクラシックが弾けなくなってるんじゃないか?と言う不安がかなりある。

フレーズのうち、1箇所だけ説明がつかないところがあって、もしかして私が作ったところかもしれないのだが、どうも思い出せない。
曲は変ホ長調だから音階構成音を使えばいいのじゃ、とばかりにフレーズとフレーズを適当につないだらしい。E-E♭-C-G と音を並べたら、E♭-Cが不自然でそこに書いてあるドミナントセブンスコード(属7)にふさわしくないのだそうだ。そうか、そう言われたらそうだよね。最後のあたりだったので、もうヤケクソ状態でフレーズとフレーズをつないだ事だけは覚えている。で、私が使った音ならE♭-E-C-Gと並べると、E♭が異名同音でD♯となってEもしくはE-C-Gつまりドミソの和音へのアプローチノート(装飾音みたいなもの)になるんだとか。

そうか、そうなんだよ、クラシックの作曲のお稽古でも私は時々そう言う雑なことをしてしまう。トライトーンの解決を無視するとか…あ、トライトーンの解決とは
ハ長調で言えばファ−シの増4度からミ−ドの短7度(或いはシ−ファの減5度からド−ミの長3度)へ解決する、というアレね。

やっぱジャズも作曲なんだよな。

師匠は自分のフレーズを書いておきましょうか?という。
「必要なかったら書きませんけど」
「いえ、お願いします」
もちろん師匠がどんなフレーズを作るか知りたいし、
第一「いりません」って言えないじゃん。

師匠がアドリブフレーズを書いてくれているあいだに、私は積み重なっているCDの山からベロフのドビュッシーの練習曲全集のCDをみつけた。
「先生、こんなのお聴きになるんですか?」
「あぁ(笑)僕の奥さんが持ってたやつです。でも訳がわかりませんねぇ」
「そうですか?逆ですねェ。奥様もピアノを弾かれるんですか?」
「いえ、聴くのが好きって感じで…」
などと言う会話があった。師匠はクラシックの話はしたくないだろうからそれで終わりにしようと思っていた。

ところが、である。レッスンが全部済んで、突然師匠が
「ぼくね、クラシックのレッスンを受けたくて見てもらった事があるんですよ」
という。なんでも、ショパンが好きらしい。
「へっ?」って顔をしたら、
「変ですか?」ときた。
「いやぁ、近現代とかの方が好みかと思ったので。先生はプロコフィエフとかカバレフスキーとか上手にお弾きになれると思いますよ」
と言ってあげると照れていた。
「ショパンはジャズに使えそうなフレーズがいっぱいあるでしょう?」と師匠は言うが、私には「そうかな」としか思えん。
以前単発でレッスンを受けた時、タッチのことばかり言われて余り参考にならなかったらしい。でもクラシックピアノのレッスンは一つ一つの音やフレーズをどう扱うか、どんな音色にするか、そしてそれらをどうつなげて筋のとおった演奏をするのか、そこに重点が置かれてますよ、理論はそれを裏付ける程度に知る程度ですよ、ってなことを説明したのだが、それが伝わったかどうかはわからない。とにかく師匠が言うには、
「きちんとクラシックのレッスンと言うのを受けないとダメだと思いました」って。
「ショパンの練習曲の作品10の1ってきれいなアルペジオの響きがして好きなんですよ。あれを弾きたいと思って安いCDを買って来て聴いてみたら僕の思ってた早さよりも3倍くらい早かったから諦めたんですよ(笑)」
無名のポーランド人が弾いたCDだった。時間を見ると1分40秒で若干早い感じ。いちいち平均的な時間を覚えているわけではないので、25−9の「蝶々」の時間で判断すると「こんなもんですね」
しかし家に帰ってポリーニのを見てみたら、1分50秒くらい。タマーシュ・ヴァ−シャリなんて2分15秒で弾いている。

で、クラシックピアノのレッスンを受けたいと思ってはいるらしい。
「私の師匠で良ければ紹介しますよ。私より6つ年上でドイツ帰り。母校で講師しされてます」と言うと、
「いや、僕はほんとにもっと下のレベルから、子どものピアノを見てくれるようにレッスンしてくれる人じゃないとだめですよ」と謙遜し
「レパートリーを作っとかないと。やはり忙しくて無理です」
だって。

わーいわーい、師匠はショパンのエチュードが弾けなかったと私に言ったぞ。
いや、たぶん弾けるような気がするけど、初めて私の前で「できない」と言う言葉を発した事がちょっと嬉しかったりして。
で、私の性格の悪さを暴露すると、家に帰って10−1を練習したのだった。。。

もし師匠が実際にショパンの曲でクラシックのレッスンを受けるようになったら、ショパンの音楽の作り方がいかに難しいかを思い知るのだろう。ほんと、ショパンって難しいよね。

今度の宿題は、師匠のアドリブフレーズの分析と、ウィントン・ケリーの採譜をできたところまで弾くこと、トゥーファイヴ(ジャズのカデンツ、って言ったらダメだ、ジャズのケーデンス)の和音進行を全調で弾くこと、の3つが出た。


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