vol.19 いろんな演奏会 - 2002年03月24日(日) 去年の晩秋、演奏会前で気が立っているというのに、義理のコンサートにいくつか行った。そうしないと自分のときに来てもらえないし、お互い苦労はわかっているから、行ってあげたいな、とも思う。時期からしたら「歳末助け合い」になるんかな。 そういうことで、いわゆるコンサートピアニスト達の演奏会には1度も行かなかったが、義理コンが続いたことで、去年は初めて短期間にいろんなものに触れた。 一つは、過去の日記に書いたとおり、師匠のJAZZコンサートだった。出色はドラマーのビリー・ハート(後で見てみると彼は私の持っているCDに名を連ねていた)だったというのは書いたけど、それは彼のテクニックや音色だけでなく、即興性についても同じ事が言えた。セッションの前に簡単な打ち合わせはあるのだろうが、それよりは不慮の事態における、彼の才能が発揮された即興ロング・ソロが圧巻だった。いろんなパーカッションだけの演奏は聴いたことがあっても、ドラムだけで10分もの演奏は聴いたことがなかった。音程がないから当然メロディーがないのに様々な音色から成る一つの曲になっていたというのが素晴らしい。もっとも周りの状況を踏まえながらの即興だから形式なんてのはなかった(ように思ったけど)。 師匠のそれを聴きに行く前日に、インド音楽のレクチャーコンサートというのに行った。レクチャーコンサート自体は何度か経験済みだし、場所が母校ということもあって戸惑うことは何もなかったが、JAZZと同じでこちらも即興的なものだった。インドに西洋音楽の理論が入ってきてから開発されたインド音楽用の鍵盤楽器と、インドの民族打楽器タブラ、あと名前は忘れたがインドの弦楽器との演奏だった。弦楽器はそこの学校の学生、鍵盤を弾くのは私の学部での後輩で院では先輩のFさん、タブラは彼女のご主人でインドでは最高レベルにあるタブラ奏者(=インド人:院の恩師によると、彼女はインド留学中は禁酒・禁煙・禁男で行く、と日本を経つ時に宣言したそうだが、結局だんなさんというお土産を持って帰ってきた)で、彼女の弾くメロディーに彼のタブらが即興でありながらある程度パターンの決まったリズムを奏でるのだった。しかしそのリズムパターンがたくさんあるので、それらの組み合わせの数がまた大変な数になる。合わせて鍵盤楽器の(本当は別のインド古来の民族楽器で奏でられる)メロディーも変化するので、同じ演奏などありえないのである。 この日はレクチャーコンサートということもあって、解りやすい様にと彼女があえて一つの同じメロディーばかりを繰り返していたから、ミニマルな音楽になっていた。タブラの音色も、翌日のビリー・ハートと同じ事が言えた。 興味深かったのは、途中でタブラの打面の皮を固定してあるネジが緩んで来て直すときに、リズムが中断されるのはまずいということで、ネジを締める金具で楽器の側面部分をリズムを取って叩いていたことだ。何だか不思議な音空間の中に弾きこまれて、即興の醍醐味にほんの少し触れた思いだった。 なので、即興のインド音楽と即興のJAZZとの相関・異質の両面を2日間で垣間見たのであった。 そうして2日連続で出かけたから、バイクでこけて打撲した脚に負担がかかったので、3日目のクラシックのほうの師匠のリサイタルに行くことが困難になってしまった。ヴィオッティ国際コンクールロマン派ピアノ部門4位の師匠が、おそらくリサイタルでは初めて?(以前にも勉強はしていただろう)ベルクのソナタと、初めて私が師匠に見てもらったショパンのソナタ3番などを弾くというから楽しみにしていたのに… つづきは明日の日記で。 ...
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