観能雑感
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2007年03月04日(日) オペラ 『さまよえるオランダ人』

オペラ 『さまよえるオランダ人』新国立劇場 PM2:00〜

 ワーグナーがその作風を確立した最初の作品。後の作品群とは異なり役柄を反映した合唱が楽しめる。客席はほぼ満席。3階センター最後列に着席。
 花粉症その他で体調がいまひとつのため簡単に。

『さまよえるオランダ人』 全3幕

【台本・作曲】リヒャルト・ワーグナー

【指揮】ミヒャエル・ボーダー
【演出】マティアス・フォン・シュテークマン
【美術】堀尾 幸男
【衣裳】ひびの こづえ
【照明】磯野 睦
【舞台監督】菅原 多敢弘

【合唱指揮】三澤 洋史
【合唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京交響楽団

【ダーラント】松位 浩
【ゼンタ】アニヤ・カンペ
【エリック】エンドリック・ヴォトリッヒ
【マリー】竹本 節子
【舵手】高橋 淳
【オランダ人】ユハ・ウーシタロ

 近年は通常全3幕通して上演するのが常だそうだが、今回は第1幕終了後のみ休憩が入る。ワーグナー作品としては比較的短いからこそ可能。
 嵐の最中に神を冒涜した罪で永遠に海を彷徨い続ける身となったオランダ人船長。7年に一度だけ許される上陸の機会に、真実の愛を捧げてくれる乙女と出会ったらその運命から開放される。ゼンタはかねてよりこのこのオランダ人にただならぬ興味を抱いており、彼を救えるのは自分しかいないと信じている。父である船長が連れ帰った人物こそそのオランダ人であり、出合った瞬間から二人は互いに求めていた人物であると確信する。オランダ船に乗り込もうとしたゼンタにずっと想いを寄せていたエリックが詰め寄る。望みは絶たれたと落胆し、岸を離れようとするオランダ人を追ってゼンタは海へ身を投げ、永遠の愛を捧げ、船は沈んで行く。
 序曲は少々軽い印象。しかし私のワーグナー観はショルティが基本になっているので大抵軽めに感じられると思われる。新国立劇場の合唱団は男声も女声もバランスよく見事な調和と律動を体現し満足。ソリストは作品中陽気な側面を背負う役柄を日本人キャストが、シリアスな主要人物を外国人キャストが演じた。第一幕のオランダ人とダーラントの会話はその深刻さがまったく異なってある種滑稽。ダーラントは大金付きの婿がやってきたと喜び、オランダ人はほとんどない救済の可能性を信じて7年ぶりの上陸を試みる。
 第2幕、ゼンタ役のアニヤ・カンペは歌い出した瞬間からゼンタという人物を構築していてすぐ様引き込まれた。会ったことも無く、実在すら疑わしいオランダ人に愛情を注ぐという設定は奇異に映るが、共同体の価値観を共有しない人物が理解されないという事態は、何時の時代もあらゆる場所で起こり得る。そもそも他の女性達がゼンタの恋人であるとみなしているエリックは猟師であり、彼女たちからすれば船乗りでないというのは甚だしく魅力を欠く。この点からして既にゼンタは異質である。その異質性は彼女だけ糸つむぎに参加しないという点に端的に表れる。共同体の価値観に齟齬を見出さない人々は異なる立場の人物への理解を示さない(理解の範疇外であるため)が、ゼンタはさまよい続けるオランダ人の運命を我がことのように感じており、この点でも彼女は異質である。二人が出会ってからの一見会話、実際のところモノローグは一幕目はまだ全開ではないように感じたユハ・ウーシタロの調子も上がり、緊張感と陶酔感が支配するワーグナーの世界が展開。残念ながらこのところずっと睡眠の質が悪いのが響いてウトウトしてしまった。哀しい。
 第3幕は、合唱部分では最大の聴き所であるノルウェー船員とオランダ船員の合唱が圧巻。もう遠のいてしまった愛情にすがりつく(この愛情も多分に独りよがり的である)エリックの慟哭が痛みを伴って響いたのが印象的。
 結局のとこり、他者にはいくら奇異に映っても、本人の意思のないところに幸福はない。

 金管のソロの部分で少々気になったところはあったものの、オケ、指揮、ソリスト、合唱がまさに一体となって作品を構築していており、聴きに来た価値は十二分にあった。

 演奏が終りきる前から拍手を始めるのは無粋の極み。本当に止めてもらいたい。
 今更言うまでもないがワーグナー歌いは巨大だ。そうでないと主役クラスは歌いこなせないのだろう。


こぎつね丸