観能雑感

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観能雑感
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2005年03月27日(日)

宝生会　春の別会能　第1日

宝生会　春の別会能　第1日

　別会ならではの番組構成。宝生流の『道成寺』は未見のため、この機会に観ておきたいと発売日当日にチケット確保。
　偏頭痛が大分酷いが動けるだけましなので出かける。受付の様子に今日の『道成寺』が披きであることを改めて意識する。開始時点では見所は9割程度の入り。中正面後列正面席寄りに着席。

　演能中にもかかわらず後方から頻繁に話し声がしたり、途中入場者の無遠慮な大声に驚いたり、携帯の着信音が鳴り響いたりと、あまり良い観賞状況ではなかったが、それとは別に、考えさせられる事態に遭遇した。私の隣の方は、膝に袖本（観世流）、フルサイズの謡本（宝生流か？）、番組、さらに小さなノートパッドを広げてずっとメモをとったり書き込みをし続けておられた。楽しみ方は人それぞれだから、その事自体をとやかく言うつもりはない。しかし、終始謡本をめくる音や番組を広げる時のカサカサ、ガサガサ、パラパラという音をさせ続けるというのはいかがなものか。多少のことなら気にも留めないが、これが12時開演6時30分終演、その間休憩時間20分という間中、断続的に続くのである。端的に言って、非常に耳障りだった。何度も苦言を呈しようかと思ったけれど、不快という名の泥沼に無関係な人々を巻き込むのは憚られ、結局我慢した。本来私語などあるべきでない演能中に自ら声を発するというのは、実際のところ耐え難い行為である。ご当人は楽しみでなさっているのだろうが、それは他者の観賞を蹂躙した上に存在するものである。あらゆる公共の場に共通の意識、「自分一人だけではない」ということを、各々がもっと留意したら、お互い不快にならずに済むのではなかろうか。このことは、自分も肝に銘じておきたい。再び隣同士になる確率は低いだろうが、その時はきっと一言申し上げることであろう。しかし、願わくばその日は永久に来てほしくない。辟易した。参った。

能　『頼政』
シテ　田崎　隆三
ワキ　宝生　欣哉
アイ　小笠原　匡
笛　中谷　明（森）　小鼓　幸　清次郎（清）　大鼓　亀井　広忠（葛）
地頭　三川　泉

　登場時、常座に立ったシテの姿に何と言うか力がない。両足の間を大分開いていて、ぎこちなさが先に立つ。ワキの僧が誘い出すように語りかけても、一方通行の感強し。後シテで本性の姿となっても、訴えかけてくるものがない。頼政という鬱屈を内に抱えて、複雑な人生を歩んだ男の心情を表現するには至らなかった。やはり能においてシテは重要。地が良くてもシテの存在が弱いとその舞台の魅力は減じてしまう。広忠師、ところどころ耳障りだった。

狂言　『寝音曲』
シテ　野村　萬
アド　野村　万蔵

　老獪な使用人と言った態で、主人をあしらい、好きな酒にありついてしまう太郎冠者の姿が逞しい。最初はいかにも面倒くさそうに謡い出すが、だんだん興に乗って自らが楽しんでしまう。嘘がばれても決して悪びれない。日々の生活に根付いた力強さを感じた。

仕舞
『巻絹』キリ　　東川　光夫
『田村』キリ　　金井　雄資
『桜川』クセ　　渡邊　荀之助
『国栖』　　中村　孝太郎

能　『熊野』膝行三段之舞
シテ　大坪　喜美雄
ツレ　小倉　健太郎
ワキ　工藤　和哉
ワキツレ　則久　英志
笛　藤田　大五郎（噌）　小鼓　鵜沢　速雄（大）　大鼓　亀井　忠雄　（葛）
地頭　今井　泰男

　意外にも、本曲を観るのはこれで2度目。以前観たのは金春流だったので、上掛りで観るのは今日が初めて。下掛りと上掛りで詞章の異同が多い曲である。

　名ノリ笛から一気に曲の世界に引き込まれる。ツレは小面でいかにも可憐な風情。謡も立ち姿もきりりとして気持ちがいい。後見座前で控えている時の後姿も緊張感が途切れていなかった。橋掛りに登場したシテ、物憂げな様子で心だけでなく体も重い様子。重盛の前で母からの手紙を読む姿は、心の中で静かに泣いているようだった。クモラセ勝ちの増が、憂愁の美女という風情をより際立たせる。姿だけでなく、謡の中にその憂いが滲んでいた。
　心ならずも車に乗って清水へ花見に向かう。その道中の母のことが気になり、目に映るものに事寄せて祈る。制約が多い立場でも相手を想う気持ちに制限はなく、痛々しい。静かな地が心に沁みる。酒宴が始まり、春の景色を称えつつ気になるのは母のこと、という熊野の心内を表すクセが始まるあたりで、後方が何やら騒がしい。何事かと振り向くと、遅れて入ってきた観客の話し声。席がどこも埋まっているとか何とか大声で口にしていたが、呆れるばかりの所業である。聴き所なだけに、残念。やがて宗盛に乞われて舞が始まる。中之舞のはずだが、初段は序之舞に聴こえてしまった。その後もじっくりと重い位で進んで行く。大五郎師の笛、ところどころ大分不安定にもかかわらず、それでも心を動かされる。不思議。舞が終わり、必死の想いを歌に託して宗盛に捧げる熊野。このとき小書の膝行で宗盛に近づく。膝行というと、宮中の女官がおこなっていたというそれを想起するので、文字通り膝で歩くのかと漠然と考えていたが、唐織着流し姿ではそれで前進できるわけもなく、体育座り状態で歩いていくようなものだった。どちらにしてもやりにくそう。やっと許しが出て逃げるように酒宴の場を去って行き、終曲。
　忠雄師の大鼓、強くても突出するところがどこにもなく、さすが。

仕舞
『歌占』キリ　　髙橋　章
『花筐』狂　　近藤　乾之助
『小歌』　　三川　泉

　それぞれ見応えがあって壮観。『放下僧』のこの小歌、宝生流の謡の良さが際立つと思う。

能　『道成寺』
シテ　水上　優
ワキ　森　常好
ワキツレ　館田　善博、梅村　昌功
アイ　野村　扇丞、山下　浩一郎
笛　一噌　隆之（噌）　小鼓　鵜沢　洋太郎（大）　大鼓　安福　光雄（高）、太鼓　小寺　真佐人（観）
地頭　水上　輝和

　お調べの笛が随分と弱々しい。舞台に登場してからも、以前より一層ビブラートがかかった音で、まだお若いのにどうしたことかと思う。
　まず狂言方によって舞台に鐘が運びこまれる。山本家の方々は一部を除いてがっちりした体型のためか、あまり重そうに見えなかったのだが、野村万蔵家の方々はどちらかと言うと痩せ型のためか、非常に重そう。必死の様子で運んでいた。鐘後見は主後見が武田孝史師。綱を直接握らず謂わば錘の役目を果たす人員に辰巳満次郎師が含まれていて、正に適任だと思った。安定感がある。以前観世流で観たときは、後ろに付く人は前の人の腰にしっかりしがみついていたが、今日は裃の袖を掴んで自分が腰を落とし、重さを加えていた。こういう所作にも流儀ごとに違いがあるのだろうか。
　シテは黒地に丸尽しの縫箔に紫地に椿（？）の唐織壷折り。面は白曲見だろうか。扇は宝生の決まり扇である金箔地に赤、紺、紫の雲と竜。緊張が伝わってくるシテの姿。不気味さよりは、何としても寺の境内に入りたいという必死さが先に立っていた。乱拍子で不覚にも眠気が出てしまい、残念。この乱拍子という何とも不思議な動き、これはシテである女性の心身の痛みの表出なのではないかと思っている。あまりにも痛みが強いと、じっとしてはいられないものだ。行き場のない痛みを内に抱えて、彼女はじっと耐えている。感情の外への放出ではなく、内に溜め込んでいく印象をを受けた乱拍子だった。強い情念というより、こらえられない哀しみを感じた。急ノ舞に続いて扇で烏帽子を落とし、鐘の縁に手をかけ、足拍子を踏み、鐘入り。烏帽子は見事に飛んだが舞台の外に落ち、すかさず控えていたシテ方によって拾われた。鐘を落とすタイミングと飛び込むタイミングが合い、見事に決まった鐘入りだった。
　続いて狂言方が登場。このコミカルなやり取りが、緊張した場を和らげる効果は大きい。僧の鐘にまつわる話の後、地謡の「すわすわ動くぞ～」という声が何とも不気味に響く中、揺れる鐘の中から後シテが現れる。赤地に金の鱗箔に面は真蛇。額に血が滲んでいるかのように見えて、相当に恐ろしげな筈のその姿は、ひどくか弱く、痛々しく見えた。道成寺にまつわる伝説で、僧に懸想するのは若い人妻や寡婦であるが、能の中では少女である。だからこそ他の要素を廃し、恋心の純粋さにのみ焦点が当たるわけで、優れた脚色である。父の悪気はないが思慮には欠けた言葉を信じ、若い僧のその場限りの言い逃れを信じ、全て裏切られた哀しさが凝縮した姿がそこにあった。身に巻きつけた唐織は、自らを守るため、身を隠すための道具に見えた。続く祈りの場面でも、どうしてこんなことをしているのか自分でも解らない、どうしようもないと言った態で、法力には敵わないと知りつつ応援したくなってしまった。宝生流でも柱巻きはあり。時折鐘に視線をやるが、それが哀しい。結局川の中に逃げ込んで終曲。シテは幕内にきれいに飛び込んだ。
　強い執心ではなく、行き場のない哀しみを強く意識させた時間だった。水上師には、これからもますます精進していって頂きたい。
　ところで地謡が6人なのは何か理由があるのだろうか。

　番組に書かれた終演時間は5：40分だが、大幅に伸びて6：30分。さすがに長かった。

こぎつね丸