観能雑感
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銕仙会定期公演 宝生能楽堂 PM6:00〜
昨年は結局一度も山本順之師の舞台を観られず終いだった。また脇能を観る機会だったのでチケット購入。 若干早めに帰るはずが、結局定時に。ギリギリ間に合うか如何かの時間に駅に駆け込むも、何やら改札口に人だかり。自動改札は閉鎖されている。駅員からは何の説明もなく、事情を尋ねている人に対する返答から、車両故障のため現在運休中、復旧は未定であることが察せられる。状況はもっと誰にでもはっきり解るようにするべきではないのかと思いつつ、バスで最寄り駅に向かい、そこから水道橋へ。同行して下さる方がいて助かった。感謝。 会場に着いた時には開演後30分経過。
能 『絵馬』 シテ 山本 順之 前ツレ 浅見 慈一 後ツレ 北浪 昭雄、長山 禮三郎 ワキ 工藤 和哉 ワキツレ 大日方 寛、則久 英志 アイ 山本 泰太郎、山本 則孝、山本 則秀 笛 松田 弘之(森) 小鼓 曽和 正博(幸) 大鼓 保福 光雄(高) 太鼓 助川 治(観) 地頭 観世 銕之丞
見所に入った時には、絵馬を掛ける前あたりだった。中入まで壁際に立ち、中入後アイが登場するまでに中正面後列正面席寄りに着席。パンフレットによると、前シテの面は小牛尉。 間狂言には蓬莱の鬼が登場。同吟がやや不揃い。 出端で後シテ、ツレ登場。シテの天照大神は白狩衣を衣紋に付け、緋紋大口、鬘は帯なし、元結なし。面は増。順之師は小柄だが、橋掛りに立つ姿には他を圧する輝きがあった。北浪師が、天鈿女命、黄大口に紅長絹、黄の側次、黒垂、天冠、面は小面。禮三郎師の手力雄命、法被、半切、黒頭、透冠、面は三日月。シテの「所は斎宮の〜」という謡に神の底知れない力を感じる。続く中ノ舞、重々しく、力強く、通常は軽めに奏される太鼓入り中ノ舞でもこのような表現が出来るのかと、改めて囃子の面白さを実感。両袖を被いてシテは宮の作り物の中に。岩戸隠れの態。本当に日が翳ったかのような錯覚を覚える。天鈿女命の神楽は何となく萎んだ印象。続いて手力雄命の神舞。囃子の疾走感にしばし時を忘れる。ついに天照大神が姿を表し、国土安穏となって終曲。 本曲はおとぎ話のような大らかさがあり、舞も盛り沢山で面白い。脇能は以前に比べて随分上演の機会を減らしているようだが、能の面白さを凝縮していると思う。豊富な囃子事も達者な囃子方で楽しめた。最初から観たかった。
狂言 『因幡堂』 シテ 山本 則俊 アド 山本 則重
大酒飲みの妻に愛想をつかした夫は妻が里帰りしている間に離縁状を送り付け、新しい妻を娶ろうと縁結びの霊験あらたかな五条の因幡堂に篭る。妻はそれを聞き付け自分も因幡堂へ向かい、「西門の一の階に立った女を妻とせよ」と告げ、先回りし被衣をし夫を待つ。お告げどおりその女を家に連れ帰った夫だが、あまりの酒の飲みっぷりに驚きつつも酌をしている内に、相手の正体を知り、やり込められる。 いろいろ疲労が重なって思考力が働かず、ぼんやりと観る。則俊師が照れつつも何とかお告げの女性(実は妻)に話しかけようとしている姿が、微笑ましくも同情を誘う。妻は被衣のまま盃を重ねるが、その飲みっぷりは正に豪快。最後に夫を追い詰めるが、日々酒を飲みつつもそれほど深刻に咎めだてされずに過せる相手はこの夫くらいしかないと、決死の覚悟だったのだろうか。絶対放すものかという強固な意志が感じられた。
能 『通小町』 シテ 清水 寛二 ツレ 柴田 稔 ワキ 村瀬 純 笛 寺井 久八郎(森) 小鼓 亀井 俊一(幸) 大鼓 柿原 弘和(高) 地頭 浅井 文義
ツレの柴田師、声量十分で明朗な謡なのだが、それ以上ではなく、役柄を表現し得てはいなかった。カマエ、ハコビもすっきりせず。曰くあり気な女性にはなれなかった。誠に能は難しい。 シテ、灰汁色の絓水衣に熨斗目花色の大口、被衣は苔色。質素な中にも公家の優雅さが感じられる色合わせ。面は痩男。死して後も小町に付きまとい、その成仏を妨げんとする執心の権化となった深草少将の執拗さが感じられず。この世のものではない存在の不気味さがない。立ち姿にも、謡にも、それを体現するだけの強さがなかった。以降平板に流れて行く。よってとうとう成仏する際も、心身ともに軽くなるような開放感がなかった。残念。地謡は健闘したと思う。
一息つく間もなかった目まぐるしさの後に、交通機関の乱れという、正に波乱の一日であった。席は久々に集中して観られる状態だっただけに無念極まりない。能は落ち着いて観たいものである。本当に。
こぎつね丸
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