観能雑感
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2004年05月30日(日) 国立能楽堂特別公演

国立能楽堂特別公演 PM1:00〜

 発売開始時刻から20分後には、すでに脇正面後方のGB席しか残っていなかったという人気ぶり。この番組では当然か。とにかくチケットを確保。
 当日は5月としては記録的な暑さ。夏の能楽堂は冷蔵庫並みに寒いので、羽織るものを持って行く。
 GB席は予想よりは遥かに観易かった。座席が定席とは異なり互い違いに配置してあることと、段差が比較的大きいためと思われる。2列目の舞台向かって右端に着席。前列のお嬢さん2人がそろいもそろって前のめりなのに閉口。

能 『井筒』(宝生流)
シテ 三川 淳雄
ワキ 和泉 昭太朗(飯冨 雅介代演)
アイ 山本 則直
笛 藤田 大五郎(噌) 小鼓 観世 新九郎(観) 大鼓 筧 鉱一(大)
地頭 田崎 隆三

 和泉師は病気療養中とのこと。大事にしていただきたい。
 飯冨師、場を形成するにはどことなく頼りなかったが、中入語のアイとの問答の際はゆったりとした良い風情を醸し出していた。
 シテ、鶯色との紅入段織唐織、面は節木増。さり気なく、ふらりと現れるがどこか神秘的。クセで自分のことが語られているのにもかかわらず、ただ静かに座っている姿はどこか他人事のよう。長身であることを意識させない端正な下居姿。正体を明かした後も、やはり静かに消えていく。
 間語は里人ではなく、在原寺に祈願に来た人という設定だった。
 後シテ、淡い赤紫の長絹、扇に花をあしらった文様。どこからともなく漂い出てきた風情。初冠と蔓帯の組み合わせが、中性的というよりは両性具有な印象を強くする。男に対する強い思慕というよりは、何故ここにいるのか自分にも解らず、既に残留思念化しているようで、女の姿は僧がその思念に感化され具象化したものかもしれない、などとふと思う。続く序ノ舞は、月の光、漆黒ではない青みがかった夜の空、冷えた空気、薄を揺らす風・・・とそんなものを感じながら観ていた。その風の中を漂う人影は時に男、時に女に見え、時間も空間も超越した今ここにだけある世界であり、それを形成し得たのが大五郎師の笛の力だった。ところどころ不安定な部分がありはしたが、この情景を作り上げられる人は、今この方をおいて他にないことを確認した時間でもあった。ただ、ガラスが砕け散る瞬間の美しさとでも言おうか、後の無い様相の美という感を強く持った。
 井戸の作り物は高めで、薄は舞台向かって左側。地謡が熱を帯び、シテは恋しい人の姿を見るのが待ちきれない様子で水面を覗き込む。そこにあるのはただ嬉しいという感情のみ。しかし感興の頂点は同時に一体化の夢が破れる瞬間でもある。それでも女の喜びは薄れることはなく、風の中を漂いながら、その姿は虚ろになっていった。
 充実した舞台の中で、大小が笛に拮抗するだけの力を持っていなかったことが、惜しまれる。
 能に拍手は不要と基本的には考えている。が、橋掛りを歩いてくる大五郎師に向かって拍手をせずにはいられなかった。

狂言 『鬼瓦』(大蔵流)
シテ 山本 則直
アド 山本 泰太郎

 都での訴訟を終え、めでたく帰郷することになった大名と太郎冠者。参詣に訪れた薬師如来で目にした鬼瓦が、国元の妻女に似ていると懐かしさのあまり泣き出す大名。帰ればすぐに会えるからと主を促す太郎冠者。2人仲良く故郷へ下って行く。
 鬼瓦を見て妻を連想するのはちょっと酷い気もするが、咄嗟に思念の上に登るということは、常に気に留めているということでもある。離れて暮らしていても妻の面影を忘れることがなかったのだ。「お前を叱るときの顔に似ている」と大名に言われ、「そう言われてみればそうですねぇ」と淡々と答える太郎冠者が可笑しい。泣き出した主を励ますところは優しさに溢れていた。温かい気持ちになれた時間だった。

能 『望月』(観世流)
シテ 浅見 真州
ツレ 浅井 文義
子方 小早川 康充
ワキ 宝生 閑
アド 山本 泰太郎
笛 一噌 幸弘(噌) 小鼓 北村 治(大) 大鼓 安福 健雄(高) 太鼓 金春 惣右衛門(春)
地頭 野村 四郎

 遠い曲なのにもかかわらず、3月に続いて2度目。小鼓はチラシで大倉源次郎師となっていたが、事務上の手続きに行き違いがあったとのこと。パンフレットでは上記の通りになっていた。
 浅見師、声量はそれ程ある方ではないのだけれど、言葉が明瞭に届く。穏やかな印象で、復讐心を胸に秘めた元武士という姿は表出しない。下居姿が美しい。
 康充君は子方として大活躍中。今日も登場時、橋掛かりでの次第を立派に謡ってまず感心。
 閑師、ふてぶてしい雰囲気の中に、長年に渡った訴訟が満足する形で終結した安堵感を滲ませる。酒の席でだんだん鷹揚になって行く姿など、相変わらず上手い。 アイは言葉の調子のためか、かなり攻撃的な雰囲気。これはこれで面白い。
 盲御前に扮した母が語る曽我兄弟の仇討を聞いている内に心が高ぶり、「討とう」と口走る花若。とっさに言い繕う小沢。アイの動きとシテの言葉を被せるタイミングが絶妙で、地謡も盛り上げ、緊迫した一瞬。獅子舞の準備を整える態でシテが中入、その間子方による鞨鼓の舞。音楽的に面白いので笛の音を楽しむ。
 乱序でシテ登場。惣右衛門師の太鼓の音は軽く澄んでいてさすがの一言。何よりも圧巻だったのが幸弘師の笛。ほとんどトリル状態の連音、音量から相当に強い吹き込みであろうと思われるが、まったく濁りのない音。一音一音の輪郭がくっきりしていて聴く者の耳に鋭く突き刺さる。これまで聴いたことのある獅子はいったい何だったのかと思うほど、圧倒的な迫力だった。あえて例えるならば、おとなしく飼いならされた獅子に対して、今回は人知れず深山に住まう霊獣そのものと言ったところ。舞台上ではシテは獅子舞を舞いつつ、本当に敵が正体無く眠りこけているのかを確かめるため、わざと近くで足拍子を踏んでみたりと臨場感たっぷりで、正に自分が旅籠の一室に居て、これから行われる殺戮の現場を目撃するかのような気分になった。
 他流ではシテと子方が眠っているワキを挟み取り押さえる直接的な所作があるが、観世流では小書が付く場合のみそうなるとのこと。笠を敵に見立てて仇討を遂げる。2人が晴れ晴れしく退場して終曲。
 橋掛りを返ってくる幸弘師に、またまた例外的に拍手を送ってしまった。やられた!というのが正直な気持ち。

 番組全てが充実しており、満足した一日だった。

 GB席に座っていたせいか、いかに途中入場が多いかが分かり、うんざりする。何度も視界を横切られるのはあまり愉快ではない。
 


こぎつね丸