観能雑感

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観能雑感
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2004年03月28日(日)

宝生流春の別会能　第一日

宝生流春の別会能　第一日　宝生能楽堂　PM12：00～

　まさに別会という豪華な内容。行くしかない。
　宝生能楽堂25周年記念ということで、宝生五雲が箔刷りされたパンフレットが配布された。見所には補助席もでて盛会。中正面後列正面席寄りに着席。

老松　紅梅殿
シテ　佐野　萌
前シテツレ　朝倉　俊樹
後シテツレ　近藤　乾之助
ワキ　野口　敦弘
ワキツレ　野口　能弘、吉田　祐一
アイ　石田　幸雄
笛　寺井　久八郎（森）　小鼓　幸　信吾（幸）　大鼓　大倉　正之助（大）　太鼓　徳田　宗久（観）
地頭　今井　泰男

　菅原道真の菩提寺を舞台に末社の老松、紅梅殿が現われ御世を寿ぐ。飛梅、追松伝説は間語で触れられるのみ。通常は後場にツレは登場せず、シテが真之序ノ舞を舞うが、この小書付の場合紅梅殿が出て太鼓入り序ノ舞を舞う。詞章から判断してこの小書の演出の方が古い形とのこと。初見。
　前場は淡々と進行。脇能はこれが肝要だと思う。朝倉師の下居姿が美しい。間語、北野縁起に触れる大切なものだが言葉が自然と耳に馴染む。
　後場、ツレは梅の枝の立て物を天冠に付け、シテは松を垂瓔の冠に付ける。ツレの装束は大口も長絹も紅で華やか。小面が可愛らしい。シテは松葉色の大口に梔子の合せ狩衣。彩りが美しい。面はパンフレットによると舞尉。宝生流特有のものだそう。
　「いかに紅梅殿」というシテの呼びかけに応えるツレ、その謡が明るく響き、春の陽光に包まれた。乾之助師、足の状態が芳しくないようで左右の歩幅が均等ではないのだが、上半身の豊かさはそれを凌駕した。足拍子を踏み損ねたところもあったけれど、それも気にならない。早春の女神の登場に舞台が華やいだ。その舞姿を橋掛りから蔓桶に腰掛けて見守るシテの存在感もまた貴重だった。ツレが登場するのでシテの舞はぐっと削られ僅か。
　晴れやかで心の和む一時だった。

狂言　水汲（和泉流）
シテ　野村　万作
アド　野村　萬斎

　水汲みにやってきた新発意。意中の人が洗濯をしているのを見かけ気持ちを確かめようとするが無残な結果に終わる。
　ビナン鬘姿の萬斎師を見るのは初めて。何故だか女性に見えないし、いちゃ、という軽やかさもない。万作師、愛しい人に後ろから近づいて目隠しをするところが何とも艶めいて、それでいて微笑ましい。この後唱の応酬になるのだが、萬斎師の謡、やはり苦手である。劇中の効果より、ただ朗々と響かせることのみ念頭にあるのではないかという気がする。
　結局新発意が水の入った桶を被せられて終曲。「くっさめ」が哀しくも可笑しく響いた。万作師が恋する男の不器用さと哀れさをさらりと見せて、楽しめた。

仕舞
岩船　　大坪　喜美雄
三山　　中村　孝太郎
春日龍神　　前田　春啓

能　「隅田川」
シテ　三川　泉
子方　近藤　颯一郎　
ワキ　宝生　閑
ワキツレ　宝生　欣哉
笛　藤田　大五郎（噌）　小鼓　住駒　幸英（幸）　大鼓　國川　純（高）
地頭　髙橋　章

　宝生親子により劇中の場がしっかり構築されたところにシテ登場。笠を外すとほっそりとした顔が現れ、やつれてはいるけれど美しい母なのだと思う。パンフレットによると宝生流では深井ではなく曲見を用いる場合がほとんどとのこと。何とか舟に乗せてくれと頼むところは静かにではあるが必死さが滲む。船頭により語られる哀れな子供の末路はまさに我が子の話なのだと悟っていく過程は残酷であり、ひょっとしたら違うのではないかとひとつひとつ確認していく様は哀しかった。塚の前に連れて来られ、この土を掘り返してくれと頼む場面、激情に駆られるというのではなく、冷静になろうとしても感情の迸りを抑えきれないという風であった。
　塚の中から聞こえる子方の声には胸が詰まった。ここに透明感のある子供の声が響くのは演劇的効果として重要であろう。今回のように登場時から塚の中にいるという場合はそう思う。途中から中に入るのはどうしても興醒めになってしまう。
　塚に生えている草に手を這わせる母。やり切れなさというよりは息子が眠るその場所をいとおしむように見えた。これまでに観たものでは子の死を知った母は絶望し、悲しみのあまり放心状態になり、彼女の今後の人生など考えられないような様であったが、今日は違った。子を失った悲しみは例えようもない。そのどうしようもない悲しみを宿しつつ、生きていこうとする姿を感じた。一瞬でも、幻でも、息子の姿を見ることができた。それを喜びだと感じ、目の前に広がる大川の流れのごとく淡々と歩を進めて行く、そんな女性像を見られたことは本当に嬉しかった。シテの演技、地謡ともに抑制が効き、感情に溺れないからこそ可能な表現だったと思う。大五郎師のアシライがさらにそれを際立たせた。
　悲観的でない母のその後を想像できる、貴重な『隅田川』を見せてもらった。

仕舞
歌占キリ　　塚田　光太郎
雲林院キリ　　本間　英孝
西行桜クセ　　今井　泰男

　塚田師、時折謡を口ずさんでいるように見え、「モスクワ音楽院方式？」と思う。憑かれたように舞う姿が曲趣と合っていた。今井師はさすがの一言。

能　『望月』
シテ　當山　孝道
シテツレ　金井　雄資
子方　前田　尚孝
ワキ　工藤　和哉
アイ　野村　万之介
笛　一噲　隆之（噌）　小鼓　鵜澤　洋太郎（大）　大鼓　柿原　弘和（高）　太鼓　三島　元太郎（春）
地頭　三川　淳雄

　仇討が物語の主軸ではあるが、芸尽しが主眼の『放下僧』と同趣の曲。シテ謡は節がなく詞のみというのが異色。
　當山師、橋掛りに登場した時から空気が引き締まり、復讐心を内に秘めた元武士という雰囲気を漂わせていた。格好いい直面姿だなぁと思う。
　ツレと子方の同吟が始めのうち調和せず、どうなることかと思ったが後に解消。本舞台に入り宿屋の主人と泊り客が、互いにかつての臣、主君の遺児と北の方であるという事実が判明。そんな折に仇の望月が従者とともに現れる。万之介師の飄々とした風情が劇中の緊張感を和らげた。小沢は北の方と花若に遊芸者に身をやつして望月に接近、本懐を遂げる事を提案。武家の妻女と跡取りに遊芸者になれというのは当時の価値観からすると、非常に大胆な申し出。断られる可能性もあっただろうし、ここで二人の決意の程を計ったとも考えられる。
　睡眠が十分でなかったせいかウトウトしてしまい、はっきり覚醒したのは子方の八撥が始まってから。次にシテの獅子舞が続く。太鼓と小鼓の音はまさに深山の露の滴り。シテは法被を頭が隠れるまで深く被っており、脱ぐときに頭に付けた扇が外れないのかと心配になったが全く問題なし。どういう仕掛けになっているのだろう。写真でしか見たことのなかったこの曲特有の扮装、目の当たりにしてもやはり不思議。若々しい囃子と緊張感を保ったシテの舞を楽しむ。舞い終え跪いた時、ワキを見やる様子にこれから行われる事を予感させる鋭さが閃く。子方とシテがうたた寝をするワキを刺す様子は能では珍しく写実的。ここでワキは切戸から退場。残った笠を刺すことで仇討成功を暗示するが、下懸りでは実際にワキの胸を刺す所作があるとこのと。工藤師、突然の事に一瞬見せた戸惑いの様子が過度に演劇的にならずに見事。
　仇討成功、めでたしめでたしで終曲。
　場面展開が調子よく、演者も好演。ウトウトしてしまったところは返す返すも残念。鞨鼓、獅子舞と囃子が生き生きと響き楽しかった。隆之師、ことのところよく拝見するのだけれど、いつも良い演奏を聴かせてくれて嬉しい。

長丁場だったけれど充実した、よい時間を過ごせた。

こぎつね丸