観能雑感
INDEX|past|will
国立能楽堂普及公演 PM1:00〜
遠い曲が出て、狂言は山本家なのでチケット購入。随分昔のことのような気がする。 最悪の時は脱したものの、仕事に行って帰ってくるのが精一杯という状態で(それさえままならない日もある)、今日も出かけられるかどうかわからなかったが、何とかなった。とは言うものの、連日の不眠に当日は目覚めたとたん頭痛がして観能に適した状態とは程遠かった。職場での災害(としか言い様がない)も関係していて気も重い。 展示室では『徳川家の能』と題され、将軍家ゆかりの品数々が公開されていた。気分が悪いため説明書きを読む気力に欠け流し読み。万眉の面に目を奪われた。 席は中正面後列目付柱近く。隣の脂肪豊かな男性が非常に汗臭くて閉口するが、能は観ずに帰られたようで正直助かった。 補助席も出て、GS、GB席ともに埋まり満席状態。新たに英語によるアナウンスも入るようになった。
解説・能楽あんない 「能面を使わない能」 増田 正造
当初は「能の中の兄弟愛」というテーマで話をしてくれという依頼だったそうだが、能楽界は兄弟喧嘩がさかんなので断ったとは本人の弁。事実ではあるが普及公演の解説で話すべき事柄かどうかは疑問。主に能面についての話だったが方向指示器を使用せず曲がる車のごとく急な展開で落着きがなく、こちらの体調の悪さも関係してか長く感じた。内容は特にどうという事もなかったが、能面には呪術性がないというのは言われてみればそのとおりで、今まで当然過ぎて特に考えもしなかったため成る程と思った。
狂言 『膏薬煉』(大蔵流) シテ 山本 東次郎 アド 山本 則直
鎌倉と都の膏薬煉がどちらの薬がより優れているかを競う話。題材は異なるが他の曲にも見られる設定。山本兄弟の身体、発声の確かさは今更言うまでもないが、何度観ても感心する。こちらの状態が悪く集中力に著しく欠け、肝心な部分を見落としてしまい、特に終曲真際は前列の人の影に隠れた事もあって何が起こったか解らなかった。無念。それぞれの装束の取り合わせが良く、目を楽しませてくれた。
能 『春栄』(宝生流) シテ 渡邊 荀之助 子方 佐野 幹 シテツレ 佐野 登 ワキ 福王 茂十郎 ワキツレ 福王 知登 アイ 山本 泰太郎 笛 一噌 庸二(噌) 小鼓 荒木 賀光(大) 大鼓 亀井 忠雄(葛) 地頭 小倉 敏克
主題は兄弟愛だが、美少年を愛でるのが第一目的の作品と思われる。兄は弟を救いに行くのではなく、一緒に死ぬために身柄を拘束されている館の主を訪ねる。増田氏は先の解説でこれを異常であるとしたが、他者の権利を侵害するわけではなく、昨今報道される心胆寒からしめる事件の方がよほど異常に感じられる。 春栄は宇治橋の合戦で捕虜となり、伊豆三島の高橋権守の館に捕われの身となっているが、高橋は合戦で失った我が子の替わりに彼に跡目を継がせたいと考えている。処刑を待つ身の弟に一目会おうと兄種直がやって来るが、家人だと面会を拒む春栄。相手を思うが故にすれ違う二人の心だが、遂に供に死ぬ事を決意。高橋の手にかからんとするまさにその時、鎌倉から赦免の知らせが届く。三人は酒を酌み交わし、舞を舞い、親子、兄弟の契りを喜び鎌倉に下って行く。 ワキの茂十郎師は相変らずの一本調子なのだが、長身で見栄えがするのでこの役に限って言えば良かった。子方の背に腕を回して伴う何気ない所作が、妙にエロティックに映る。これはシテの荀之助師にも共通で、やっと対面が叶った弟の袖を捕らえるところなどなんだか艶めかしい。幹君は宝生流の子方特有のスタカートのついたような謡であるが、誠に立派に勤め上げた。本曲の子方はただ座ってじっと耐えているだけではなく、謡、所作も多く舞も舞わねばならないので大変である。 荀之助師は髪をばっさり切って直面の能に対応した模様。ナイナイの年末特番で敦盛を謡っていたのはこの方だったことが再放送で明らかになったが、その時は髭を生やしていた。能楽師としてはいかがなものかと思う。登場時から悲愴な決意を胸に秘めている様が覗われ、過多な芝居気もなく、悪くはなかったが役者としての魅力はもうひとつである。 地謡は中堅と若手中心で構成。やはり物足りなさを覚えた。 祝いの席での男舞、喜びだけでなく薄靄のごとく憂いで被われているように見え、この兄は本当はここで弟とともに死んでしまいたかったのではないかと思った。それは終曲で兄のみが舞台に残って留める場面にも表れ、定型とだけは言い切れないものを感じた。「愛は死によってのみ完結する」というワーグナー的思考が頭を覗かせた瞬間であった。 見所が多い、面白い曲だったのだがこちらの状態が悪く集中力に欠け、ところどころ半覚醒状態になってしまったのが何とも残念。しかしこればかりはどうしようもない。
実は1月11日の宝生流月並能にも辛うじて出かけられたのだが(9割方諦めていた)、観能記を書く余力のないまま現在に至っている。何とか書ければ良いのだけれど。
こぎつね丸
|