観能雑感
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都民劇場能 宝生能楽堂 PM6:00〜
風邪が抜けず、また持病の様子も芳しくなく不調。晩秋にしては妙に温かい気温も辛い。 見所は8割程度の入か。中正面後列目付柱正面に着座。 今回は体調不良のため簡略化。観能予定も多く他に書く時間も取れそうにないため止むを得ず。
狂言 「舟渡聟」(和泉流) シテ 野村万作 アド 高野 和憲、石田 幸雄
番組に記載されたあらすじにはなぜか大蔵流の表記あり。 舅に挨拶に出掛けた聟。舟に乗るがその船頭が酒好きで舅に用意した酒を全て飲まれてしまう。帰宅した船頭を待っていたのは先ほどの客。これが聟だと知って顔を合わせられないと逃げようとするが妻はゆるさない。結局正体がばれてしまうが聟は頓着せず、供に舞を舞う。 聟に高野師、姑に石田師。 橋掛りを歩いてくるところから万作師の所作の美しさが際立つ。櫓をゆったりと扱い舟が滑らかに進んで行く様子が分かる。乗船客を脅すというとんでもない人物だが不思議と嫌悪感を抱かせない。役者の人品故か。 高野師、目を細める癖があるようだがあまり宜しくない。世慣れず人の良い聟振りは己を投影し易いためか無理がない。客は舟の上では船頭に従うしかなく、その無力振りが気の毒。舟を故意に揺らされたときに万作師と高野師の動きが始めの方だけだが若干ずれたように見えた。己の身体のみで状況描写をする狂言ではこういう僅かな瑕も興趣を削ぎかねない。 抵抗空しく妻に髭をそられ恐る恐る聟と対面してから後、眠気に襲われ舞を舞い始めるところで覚醒した。合舞であるが、扇の角度、腕の伸ばし方、下半身の安定感等、弟子は師に大きく及ばず。この身体は一朝一夕に出来あがるものではないのは言うまでもなく、万作師の鍛錬を称え高野師の精進を期待したい。 変化に富んで飽きさせず、終曲も爽やか。楽しい時間だった。
能 「砧」(観世流) シテ 梅若 万三郎 ツレ 長谷川 晴彦 ワキ 野口 敦弘 ツレ 野口 琢弘 アイ 野村 万之介 笛 松田 弘之(森) 小鼓 大倉 源次郎(大) 大鼓 柿原 崇志(高) 太鼓 観世 元伯(観) 地頭 伊藤 嘉章
言わずと知れた世阿弥渾身の作。観るのは今回二度目。 敦弘師、妻が焦がれ死ぬ程の夫としては役者不足の感あり。ツレはカマエが不安定で謡は声が大きいのみ。 アシライ出でシテ登場。橋掛りで己の寂しい状況を淡々と訴える。静かな低音で重過ぎることなくしっかりとした謡。前回観た時よりは遥かに良い。 目通りを願う夕霧の声に妻自ら対応する。橋掛りをすれ違って本舞台に入るのは緊張する一瞬。夕霧の方が明るい色調の装束で年若い設定であるが、妻の方が品位が高く、遥かに上等の人間に見える。どちらが美しいかと問われれば間違いなく後者。役者としての力量の違いが如実に出た。シテの唐織は無紅だが銀が酸化したような色調に秋草が織りこまれ大変豪華に見えた。面は深井か。 本舞台に入って対面する二人。妻は己の感情を表出させず、内に問い掛けるような風情。そんな悩める姿も美しく見える。 解説書では夕霧は夫の愛人であるとする物も多いがそうは思えない。もしそうならば夫は長期間に及ぶ危険を伴う長旅を彼女に強いるとは考え難い。彼女は悪気はないがやや無神経と言った類の女性であり、いかにも思慮ぶかく心優しい妻との対比が鮮やかになるのだと思う。 砧の段では遠く離れた夫を思う妻の面が少女のように若々しく見えた。常座に立った時のシテの姿形は緊張感に満ち充実した見事なもの。夫が今年も帰らないと聞いた後は一転して一気に歳をとり、面に刻まれた皺まで深くなったように感じられた。 万之介師、静かだが内に力が漲り、こういう間語りを聞けるのは喜ばしい。 ワキ、ワキツレが登場。妻の菩提を弔う。ワキツレの謡が飛んだようだが気の所為か。地謡前に下居した折太刀を降ろす。2年前なので定かではないが前回観た時はツレは下居後も太刀を持ち続けていたように記憶している。太刀持ちが太刀を降ろすのはやはり妙であろう。 出端でシテ登場。面は霊女か。白練の大壺折、大口の色は黒と紺と紫の中間のように見え、何とも複雑。後シテの雰囲気には良く合っていた。終始淡々としており夫に詰め寄るところも鬼気迫るものはなく控えめ。再び夫に見えたことに満足して成仏する。 地謡には万三郎一門の他に銕仙会から西村師、馬野師が参加。漢文を多用し格調高い詞章と抜群に美しい作曲だが、その魅力を伝え切るには力不足だった。強くあるべきところは荒かったと言うべきか。 囃子は悪くは決してないがこの面々としては平均的というところか。小鼓方は柱に隠れて見えなかったが、橋掛りを歩いてくる際の源次郎師の指はやはり長かった。 シテの出来は前回の『忠度』よりは遥かに良かったと思うのだが、以前観た片山九郎右衛門師による舞台の印象が強く(この舞台は私の観能歴の中で最も印象に残っているものである)、いろいろな事を想起させてくれたそれに比すれば今回はやや物足りなかった。シテが平均以上でも地謡が貧弱だとその舞台の印象も弱くならざるを得ない。総合力という点ではやり万三郎一門は劣ると言わざるを得ない。
仕事帰りで疲れている上に不調でところどころ眠気に襲われた。残念。
脇正面最後列付近に観世喜正師に似た人物を見かけたが、見間違いであろう。
こぎつね丸
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