観能雑感
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2002年06月05日(水) 国立能楽堂定例公演 

国立能楽堂定例公演 PM1:00〜

狂言 「二人袴」
シテ 大藏 千太郎
舅 大藏 彌太郎
太郎冠者 大藏 教義
親 大藏 吉次郎

平日昼間からだが満員の盛況。やはり前、横の観客が痛いが仕方ないか。前の年配男性は前のめりで良く動き、横の年配男性は遅れてやってきて、ビニールの袋の音を立てる。さらに頭を動かしながら寝てしまうので、振動がこちらの椅子にまで伝わる。快適な見所環境はなかなか実現しない。
さて、大蔵流宗家一門の狂言、このところ見る機会が多い。千太郎師は発声に難がある。喉声なのだ。少々聞き苦しいが、生真面目に舞台を勤めているのには好感が持てる。他家に比べてこれといって目立つものがないのが特徴か。良く考えると、この人達の狂言を見ているときが一番笑っているような気がする。曲自体の魅力も大きいとは思うのだが。
破れた袴をそれぞれ前にだけつけた姿で舞を舞うまでのやりとりが面白い。舞うと承諾してしまう息子に親が驚きの表情を向けるが、結局舞う事になってしまう。最後に袴が破れている事がばれて、恥ずかしがって逃げてしまうのだが、気にしなくてもいいのにと追いかける舅が微笑ましい。


能 「雲林院」
シテ 浅見 真州
ワキ 宝生 閑
ワキツレ 大日方 寛 御厨 誠吾
アイ 大藏 吉次郎
笛 藤田 大五郎 小鼓 大倉 源次郎 大鼓 亀井 忠雄 太鼓 金春 惣右衛門

お調べが終わって橋掛りを笛を筆頭に囃子方が歩いてくる。つい源次郎師の姿を双眼鏡で注視してしまう。最後に見たのは昨年の1月。当時はまだ囃子方にまで関心がなかったので、ほとんど初めて見るような気分である。頭が小さく、長身。後見を勤める内弟子の男の子も、髪に天然ウエーブがかかっていて萩尾萌都のキャラクタのように可愛らしく、驚きの一対。金春 惣右衛門師って、代替わりしたのか?などと考えていたら、後場に登場。出番のない前場は後見が替わりに座っていたのだ。間抜け。
次第にのせて閑師登場。安心して見ていられるが、やはり疲れているように見える。気の所為だといいのだが。咳をしていたので心配。大日方師は成長している様子が良く解る。姿勢も良く、これから楽しみ。
ワキの旅人が桜の枝を手折った所でシテの老人登場。決して声高に怒っているわけではないが、怒気は伝わる。橋掛りと正中とのやり取りが、何処からともなく登場した老人が、だんだん近寄って来る様を効果的に見せている。桜をめぐる問答が小気味良く、飽きない。シテが正体を匂わせて消え去るところまでも良く間とまとまっていて、退屈しない。台本だけでなく、演者の力量が大きいと思う。
中入してアイ語り中、ついつい源次郎師を見てしまう。調べ緒を整えているようだったので、また双眼鏡で注視。こういうところはなかなか見えない。いや、気にしていなかっただけなのかもしれないが…。徒に主張しないアイに好感が持てる。場の雰囲気を損なうことなく後シテに渡すのは、実は難しい事なのだと思う。
一声でシテ登場。「月やあらぬ〜」の歌が美しく響く。緑の濃淡の狩衣と指貫に、初冠にも緑の枝らしき飾りがついていて、品良く華やか。正に「昔男」というところ。クリ、サシ、クセは情感豊かに美しく、序ノ舞と繋がる。浅見師は舞の美しさを称えられるが、謡もいい。響かせる類の謡が好きではないので、とても耳に心地良い。序ノ舞、期待通りの素晴らしい出来。三段で終了するのが惜しい程。源次郎師の美麗なお姿をついつい見てしまっていたのに、舞が始まるともう目が離せない。表面上の美がいかに空しいか、実感した。昨日歩きながらふと思ったのだが小林秀夫の「美しい花がある。花の美しさというものはない」という一文と、白州正子氏の「能の悲しみは誰かの悲しみではなく、哀しみそのもの」という文は、同じ事を言っているのだとやっと思い至った。すっきりした。
業平の霊は何を思って舞うのだろうか。華やかな暮らしをしていた昔を懐かしむのか、それとも一見華やかに見えてもその実、元服まで忘れられた哀れな境遇を思ってか。序ノ舞は、そのどちらの思いも内包してくれる許容量の深さがある。
シテが袖を被いて橋掛りから舞台を見返り、謡に乗せて退場、ワキが留めるという流れが、いずくともなく消え去る様を解りやすく表現しており、かつ余韻を残す。旅人が去って行く幻影を追いかけるが、ふっと消えてしまう、そんな場面。
主題は後場に置かれており、難解な摂理を解くという訳でもなく、良く知られた伊勢物語の一場面を再現するという、あっさりした構成で、気軽に楽しめた。ただ、単純であるだけに、演者は選ぶと思われる。今回はシテ、地謡、三役とも人が揃って、良い舞台を作ったと思う。こういう舞台に出会えて、幸いである。

付記
この舞台から僅か5日後、源次郎師の弟子である寺島秀文君が亡くなった。某巨大掲示板でそんな書き込みがあり、ネタだとばかり思っていたが、後に葬儀の日付のレスが付き、某シテ方のHP上の日記にも、この事に触れた個所があった(具体的な氏名は挙げていない)。享年18歳。早過ぎるその死に本人はさぞ無念だった事だろう。玄人として本格的に活動を始める矢先の不幸であった。ご家族や周囲の人々の心痛を思うと言葉もない。謹んでご冥福をお祈りする。
命とは、儚いものなのだと思った。


こぎつね丸