長かったような短かったような4日間が終わった。
祖母が旅立っていった。 私は時計を見て仕事のペース配分を考えていたころだったと思う。
祖母は眠っているだけで本当に起きてきそうな気がしてならなかったけれど、 納棺のときに祖母の背中のほうに手を当てたとき、体がとても冷たくて、 もう体温がない、と思って悲しくなった。
葬儀での挨拶の中で、 「習い事を始めるのに遅いということはない、習いたいと思った時がそのときだ」 と祖母が言ったと聞いて改めて尊敬した。 還暦を過ぎてから書を習い、師範代を持つまでになった。 作品が入選して上野で展示され、両親と見に行ってきたと聞いたことがあった。 若いころは和裁の腕を生かして呉服屋から花嫁衣装の仕立てを依頼されたり、 母と叔母の喪服は祖母が仕立てたりした。 母と叔母は、 「自分で仕立てた着物で自分の葬式に出てねってことなのね…」 と言って苦い顔をした。
祖母とのお別れに多くの人が来てくれて、思い出話に花が咲き (ちょっとうるさい位な時もあった)、 きっと祖母も喜んでいることだろうと思った。 祖父の体調が思わしくなく、葬儀に参列できなかったことが、 本当に残念でならなかったし、祖父も本当に無念だったと思う。 祖父には、後で病院まで会いに行き、そのときに、 本当にたくさんの人がお別れに来てくれてよかった、と言ったら、 それまで明るく話していた祖父の表情がちょっと変わった。
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