小さい頃の記憶をちょっと書き留めておきたくなった。
保育園に通っていた頃、同居していた祖母が入院をする事になったため、 弟と私は未満児保育と長時間保育のある保育園に転園する事になった。 転園した保育園は家から遠く、限られた友達としかなじめず、 ガキ大将的な子にいつもおちょくられていたのが嫌だった記憶がある。 転園先の保母さん(今保育士さんですね)がギター大好きで、 椅子に座り足を組んでその上にフォークギターを載せて、 弾き語りをしてくれるのが唯一の救いだったと思う。 お姉さんがギターを弾く姿が、本当に格好良かった。今でも覚えている。
母は私と弟をハッチという車に乗せ、転園先の保育園に連れて行った。 ハッチは汚い茶色(良く言えば金茶色)の中古車で、 母に椅子を倒してもらい、後ろの座席に座るのだけど、 それが保育園児をして「狭い!」と思うほどのものだったと覚えている。 車の内側の壁に穴があり、今思えばスピーカーを外したのかなと思うけれど、 穴の開いている車なんて!良く止まる(今思えばエンスト)なんて! 茶色なんて可愛くないし!と、当時は憎たらしく思ったけれど、 今思えばなんかアホで可愛らしい車かもしれないな、と思う。
社交的でないのもギターを弾く女性が好きなのも小さい頃からだし、 いきなり転園させられてなじめず母を恨んでいた事もあったけれど、 皆必死だったのだから、構ってもらえなかったのはしょうがない。 今こうしていられるし、大人になったらわかると言われていたけれど、 本当にその通り、大人になって周りの大人がちゃんと接してくれたのを、 感じる事ができた。
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