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■ くそやろう
客観的に見れば 友達とけんかしてます でも私は けんかもできないような人のことを 友達だとは思っていない
まるで何かの契約のような 「友達になろうよ」という言葉 お世辞 愛だとか結婚だとか 本気の目をした馬鹿みたいな冗談 友情の証のように配られる飴玉
たとえそれが、やさしい気遣いだったとしても 嘘をつく人をわたしは信用できない。 だから私は彼女に出会ってから三年間、ずっと嘘をついている。 「あなたを信用している」というフリをし続けている。
お前は自分勝手だと 言われた言葉をずっと気にしていた。 自分勝手だと思われたくなくて、いくつもの言葉を呑み込んだ 大嫌いな愛想笑いを覚えた 何も考えず集団の中で動くようになった 好きでもない人と友達になった
その結果が、このザマだ
私は自分勝手だ 我侭で、友達甲斐のないやつだ 他人に言われて腹が立つことがあっても 今の私は、もうその言葉に傷ついたりしないだろう
私が我侭なのは、当たり前のことだ だって、世間体なんて糞食らえ あるがままに生きることこそが本当の人生だ 嘘をつくくらいなら傷ついて生きる方がいい それが正しい生き方だと信じてやってきた あるがまま、我侭を正しいと思って生きた 厄介なことに、今だって間違ってると思っていない
私は、お互いに愛想笑いでおべっか使って 嫌いな人と無理に友達でいることないと思う 一緒にいて楽しくない人と 無理に一緒にいる必要はないと思う
友達について、誰もが同じ価値観を持っているわけじゃないことはわかった。 そして、もしかしたら私のような価値観の人のほうが珍しいことも。 でも私は自分の考えが正しいと思っていて 自分に嘘をついて違う価値観に同調してやっていくことにこれ以上耐えられない。
我侭だよ。 そう生きることを望んだ。 多くの友達は要らない。 我侭で生きても良いと誰かに許して欲しかった。 たとえ誰にも許されなくても。 生きるだけなら一人でもできる。 もしかしたら、いつかどこかで一人くらい 一緒に生きてくれる人と出会えるかもしれないし。
2005年05月13日(金)
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