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■ 女神の棲む家<6>
複数の人間が長いこと一緒に暮らしていたりすると 同じモノを見て同じ感じ方をしたり 自分の性格が相手に感化されて似てきたり …ということが一般的にはあるらしいけど。
共に笑い、共に怒り、共に泣く。
僕とチドリの間に、そんな関係は一切なかった。 僕が旅先で思いがけず楽しいことに出会って、ほんの少し浮かれながら家に帰ると、チドリはきまって身体が痛むといっては不機嫌に当り散らした。 逆に、僕が旅先で思いがけず悲しいことに出くわして、ほんの少し落ち込みながら家に帰ったとき、やけに機嫌の良いチドリが出迎えてくれるのは正直元気付けられたけど。 僕が機嫌の良い時は、チドリの機嫌が悪くて 僕が元気のないときは、チドリがやけに元気で。 二人はまるで正反対だった。 正反対だからこそ、僕の中で、二人は関連しているのだという仮説の確信が強くなる。 僕達は、たまたま出会っただけの完全な他人のはずだ。 でも、深く繋がっている。 似たところなんてどこにもない、全くもって別の物体。 たぶん、足して2で割ったらちょうど良いとか、そんなところ。 ひそかに、運命を感じていただなんて チドリにはそれこそ口が裂けてもいえないけれど。
チドリがやけに機嫌の良い日 つまり、僕が旅先でイヤな目にあって落ち込んでいる日。 夜になって夕闇いっぱいに星が出ていたりすると、彼女は僕を誘って家の外の草原で星を眺めた。 身体に負担がかかるとか何かと言い訳しては、チドリはめったなことでは家の外に……自分の部屋からさえもなかなか出てこようとはしなかった。 後ほどやってきた居候の双子によると、僕のいない間には、たまに果樹園に行ったりドミナの街をぶらついていたりしていたようだが。しかし、それもよっぽど機嫌の良いときだけで、やはりほとんど自室にこもりっきりだったらしい。
満天の星の下で、彼女はよく歌をうたった。 それは、誰も聴いたことのない奇妙な歌だった。 歌詞は、あったりなかったり。言葉とはとても言えないような、文字に表せないただの鼻歌だった。 仮に歌詞があったとしても、それは何かを皮肉ったものだったり、下品だったりで、とても感動できるような代物じゃない。 メロディーだって、今思いついたものをそのまま口に出しているだけの即興も良いところで。……彼女はおそらく真面目な音楽教育など受けてはいまい。 それなのに、僕は彼女の歌声に感動した。 歌詞もメロディーも滅茶苦茶。チドリの態度はふざけているし、声が天才的に美しいというわけでもない。 理屈じゃなかった。 耳に入ってくる音楽が心を震わせる。 むしょうに泣きたくなる、切なくなる、嬉しくなる、楽しくなる、胸を打たれる。 重く苦く固まったしこりが、ゆるゆると溶け出して、静かに消えていく。 僕はチドリの歌が好きだった。 ふざけた不真面目なめちゃくちゃな曲達全てを、名曲だと思った。今でも思っている。 そのような感想をほのめかすと、チドリはきまって盛大に爆笑した。 遊びで歌ったうたに大袈裟に感動する姿が彼女には滑稽に見えるらしい。
「お前、ちゃんと歌詞聞いてんのか?こんな内容にお前等は感動するのかよ。信じらんないね」
「いや、歌詞はそりゃ酷いもんだけどさ。なんでか知らないけど物凄く感動するんだよ。 チドリはもちろん……感動させようと思って歌ってるわけじゃないんだよね?」
「もちろん。」
チドリは即答した。その様子に心の中で僕は苦笑する。
「あー、なのになんでこんなに泣けるんだろうなぁ。君は丸っきりふざけてるっていうのにこんなに感動しちゃうなんて……なんか悔しいなぁ。」
僕は、感涙に濡れた頬をごしごしやりながら笑った。悔しくはあるが、けして不快ではない。 チドリは、にやっと笑ってから、思いきり草の上に寝転がって空を見上げた。
「感動なんて、そいつ自身の思い込みとそん時の気分しだいだからなー 感動したい時に、感動できそうなものに会えば勝手に感動したような気になんだろ。 例えそれが、音程もめちゃくちゃの意味のない雑音だったりしても、だ。」
「容赦ないねー。必死に感動を作り出そうとしてる音楽家や作家さんに怒られそうだ。」
「感動させようとして感動するものもそりゃあるだろうけどな。どっちが正しいの間違ってるだのは誰にもわかんねぇよ。」
今日はいつもにましてよく喋るな、と思いながら僕はチドリの言葉の意味を考えていた。 ちょっと考えてから、改めてチドリが言う。
「本当に大切なのは、感動してる人間の心の中の豊な感受性なわけで。 感動させてるモノ自体には価値なんてねぇよ。対象は何でも良いんだから。」
「ねぇ、今チドリは世の中の色んな創作家達を敵に回したと思うんだ、僕。」
言いながら、僕は何だか楽しい気分になっていた。 世界に住む誰もが敵になったって、それでもチドリはきっと一人生き延びるだろう。
「私がそう思えば、私の目に映るものは全て感動的なモンになる。逆もまたしかり。 だから、世の中に本当に感動するだけの価値のあるモンなんてないんだよ。以上。おしまいっ!」
「えぇー、なんかその結論はつまらないんじゃないか?」
「事実なんだから仕方ねぇだろ。悔しかったら私を本当に感動させるようなモン見せてみろよ。」
それを捨てゼリフに、これでもかというくらいの星が瞬く夜空を見上げながら、チドリは緑の絨毯の上で寝息をたて始めた。 やれやれ、また僕が3階のベッドまで運ぶハメになるのかと溜息を付きながら、空を見上げる。 これだけの美しい空を眺めていてもなお、彼女にとっては本当に感動するほどの価値はないらしい。 彼女が本当に感動するほどの価値を持ち合わせたモノとはいったいなんなのだろう。 それにしても、なんて贅沢な女だ。
ある日、数日の冒険から帰った僕にチドリが最初にかけたヒトコトはこうだった。
「どうした、そんなボロ雑巾みたいな格好して。」
「あぁ、ちょっとガトの岩壁を登ってたら足を滑らせてさ…」
見てほしいのはそっちじゃないんだけどな、と苦笑しながら答える。 なるほど、たしかに僕の身体は擦り傷だらけで、服も所々やぶけて砂まみれだった。 あの険しい岩山から転げ落ちて、これだけの傷で済んだのはある意味運が良い。これくらいの傷の痛みならば日常茶飯事のことなので特に気にもならなかった。
「ねぇ、チドリこれ見てよ。」
「……花だな。それがどうした。」
「キレイな花じゃない?これさ、カンクン鳥の巣のとこに生えてたんだよ!ずぅっと上の方に!! すっごい、キレイでさ、僕感動しちゃって」
話しているうちに、その姿を発見したときの感動と興奮がよみがえってきて、語気が荒くなっていく。
「―――それで、もしや、わざわざ持ってきたのか? ……岩壁から足滑らせて落っこちながら。」
「うん、だって、どうしても君に見せてあげたくて。 この花を見つけた時、その場にチドリも居たら良かったのにって本当に思ったよ。 どうしても君に感動を分けてあげたくて。だから、持ってきちゃった。」
チドリが、僕が期待しているよりもたいして喜ばないだろうことは最初からわかっていた。でも、どうしても見せてあげたかった。 今、その場では感動できなくても良い。価値がわからなくても良い。 いつか、思い出した光景にほんの少しだけでも心動かされる瞬間がくれば、それで。 自己満足だ。いつか僕の知らないところで彼女が思い出してくれればそれでいい。 こんな、なんの利益もない賭けに、砂まみれで必死になっている自分が我ながら滑稽に思えてきて、照れ隠しに僕は笑った。 「余計なお世話だったかな。」 「…………。」 「…チドリ?」 真っ赤な顔をして歯を食いしばっている彼女の顔に驚いて、僕は慌てて声をかけた。 蚊の鳴くような声で、チドリは呟く。 「馬鹿…………痛ェじゃねぇか……」 苦い表情で脇腹を押さえたままその場にくずおれる。 「えっ、あっ身体が痛むの?大丈夫!?」 「あー、くそっ……痛ぇ……」 涙目になりながら、苦々しげに悪態をつく。 いつもの痛がり方とは何だか少し違っていた。それに相変わらず顔が赤い。
「痛ぇ……でも、……ありがとな。」
彼女を抱えてベッドに運びながら聞いた感謝の言葉は 僕の願望という妄想が生み出した空耳だったんだろうか。
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あははー、なんだろう少女漫画系に進みたいのかしら私。笑 疲れたー、長かったー、はー ひとつの話を書こうとして話が膨らんでいくのは良いことか悪い事か。 長くなって収集がつけられなくなるのはいただけませんな。 辛口コメントぷりぃず。 と、いっても由良が泣き出さない程度のを。(何様だ
2003年12月14日(日)
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