青い物語
由良



 ありがとうの気持ち。




若山さんに、合格祝いをもらった。
その名前を聞いたのが、久しぶりですごく懐かしかった。


昔、大嫌いだったピアノの練習。
自分からやりたいって言ってはじめたくせに
いつからか、一週間のうちでピアノの習い事がある曜日が一番大嫌いになってた。
若山さんは、お母さんの知り合いで、私のピアノの先生だった。
車で若山さんの家に行くのが、本当に嫌だった。
若山さんの家の前まで来て「行きたくない」て駄々をこねるくらいに大嫌いだった。
なんで、あんなに大嫌いだったのか今でもとても不思議。
ピアノを教えてもらっている時間は、苦しくもつまらなくもなくて楽しいのに
なぜか、次の週にはまたピアノが大嫌いになってた。
純粋に、合わなかったのかもしれない。
私は、何年も通っておきながら楽譜もろくに読めないままピアノを弾くのをやめた。
小学校、高学年に入ろうかというときだったと思う。
それ以来、若山さんには会っていない。


お母さんに、合格祝いのお礼を言いなさいと言われた。
めんどくさいなって気持ちが浮かんだけど、久しぶりに若山さんと話したくなって電話をかけた。
私の第一声、お久しぶりです。
懐かしい声、やさしくてあかるい声がかえってくる。
数年前と変わってない、先生の姿が頭に浮かぶ。
私のピアノの先生だけど、お母さんの友達でもあるから
先生は私が4月に三河に引っ越すことを知ってる。


友達も誰も居なくて大変だろうけど、がんばってね。
まぁ、あんたなら大丈夫だろうけど。


あぁ、何度も言われた言葉。でも、いまだに腑に落ちない。
どうして、みんな私なら大丈夫なんて言うの?
素直に、はい。と言って聞けばいいのに、つい聞き返してしまう。


私なら大丈夫って、何を根拠に言ってるんですか?




それは、あんた。

自分の胸に聞いてみな。



















まぁ、きっとなんとかなります。と答えて、
先生も、うん。なんとかなるよ。って答えた。



それから電話を切って、先生の言葉を考える。
自分の胸に聞いてみな。
私は自分に問う。
私は、大丈夫なんだろうかって。
たしかに、知らない人達の中でも友達を作って元気にやっていけるかもしれない。
その自信があったから、心からこの高校に行きたいと思って受験できた。
でも、私はいつも先生が見てる私でいるわけじゃない。
弱音吐いて、泣いて、だめなことばっかりで、自分が嫌になって。
一人でここまでこれたなんてとても言えない。
支えてくれる人、叱ってくれる人、わかってくれる人がいたからなんとかやってこれただけ。
その人達が遠く離れてしまって、私はこれからをちゃんとやっていける確証はどこにもない。


もう一度、先生との会話を思い出してみた。
言葉には出さなかったけど、先生が驚いているのがすごくわかった。
当たり前といえば、当たり前。
先生が知っている私は、まだ礼儀も何も知らなかった幼い私だから。
私は、もう15歳なんです。
先生が知っている私から、5年も進んだ私なんです。
先生にピアノを教えてもらってた自分を思い出した。
何も変わってなくて子供なままだと思っていたけど
あれから比べたら、私もだいぶ成長していたんですね。
無言の中に見える、先生の驚愕。
昔の自分と見比べる、色々なことを覚えた私。
ほんの些細な事でも、変わっている、成長している。
昔の、無知でわがままで、自分のことしか考えられなかった未熟だった私とは違っている。
たとえわずかでも、すすんでいる。
先生が、あんたなら大丈夫って言ってくれた気持ちが
少しだけわかった気がした。



ずっと忘れていたけど、思い出した記憶。
私は本当にピアノが嫌いで、きっとピアノを上手く弾けない自分が嫌いで
先生にしかられるのが嫌で、それ以上に自分の失敗が許せなくて
レッスン中に、泣いてしまった。
先生と二人きりの部屋で大泣きしてしまった。
先生はすごく驚いて、困って
私は、ただこれ以上ピアノなんてやりたくないって気持ちだけで、先生に何を言われてもしばらく泣き止まなかった。
先生は、本当に困ったと思う。そして、悲しかったと思う。
無理やり教えてるわけじゃなくて、私が教えてくださいって頼んでいるのに
本当なら、ピアノが大嫌いな子供になんてわざわざ教えに行きたいわけないのに。
先生はやさしく抱きしめてくれたのに、少しでも好きになってくれるようにっていろんな工夫してくれたのに。
私は先生の気持ちなんて少しも考えずに、そのままピアノから離れていった。







今、あのときの自分と
先生のことを思って
涙が止まらない。







昔、どうしてもよめなかった譜面は
吹奏楽部に入って、数ヶ月もたたないうちによめるようになりました。
昔、きっと先生が話してくれていたうろ覚えの知識は
中学や高校の吹奏楽の先生、部活に教えに来てくれる先生たちから教わって、あのときよりも比べ物にならないほど深い知識になりました。
先生から見たら私は、何も覚えてくれなくて本当に教え甲斐のない生徒だったと思う。
けど、私から見たら先生の教えは、今の私にたどり着くまでになくてはならないものだった。
そのときはわからなくても、形に表れなくても
先生が教えてくれたことは私の中にちゃんと残ってる。
先生にあえたから今の私があるんだってすごく感じた。

あえて良かった。






今、そばにいる覚えている人だけでもいっぱいいるのに
今、私が忘れている人達もふくめていろんな人に
いろんな事を教えてもらった。
いろんな事を与えてもらった。
今までのそれがあって、今の私ができてる。




今の私を作ってくた人達が、この町にいる。



私はこの町が、大好きです。




感情があふれて、とまらない。
今まで私がであってきたすべてのものに
ありがとう。




2003年03月23日(日)
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