on a wall
亜栗鼠



 主との出逢い 2

初めて逢った時、強烈に残ったのは
激しい舌の痛みと、主の言葉。
「この手を離すな。」

主は、私に自分の手を握らせ
「もっと強く握ってごらん。もっと。もっと。」
と私の舌を噛んだ。
舌に走る痛みと同時に、力任せに主の手を握る。
激痛で意識が飛びそうになりながらも、私の握る手に応えるように強く握り返してくださる主の手の感触はハッキリと伝わってきた。
「この感触を忘れるな。」

何かある度にチャットで言われた。
「私の手を握った感触を覚えていますか?」
そして鮮明に思い出す。
キーボードを打つ手に温もりを感じてくる。
「あなたは私の手を握って離さなければいい。忘れるな。堕ちてくれば、そこには私がいる。」

悪魔の囁きにも似た主の声。
 神は、自分の意にそぐわぬ者は悪とみなす。
 悪魔は、自分の手に堕ちてきた者は決して裏切らない。
 神は、厳しく優しい。
 悪魔は、甘く優しい。


私は、まだSMというものを理解出来ずにいた。
本当に私はこの世界に入って行ってもいいのか
良い子になろうとしていた今までの自分自身の呪縛を更に強くするだけなのではないか
この痛みに耐えられるのか
やっぱり私にはSMは無理なんじゃないか

ほんの少し感じた安心感よりも
そんな思いの方が強くなっていた。
それを告げるとどう思われるのだろう。
もう終わってしまうのだろうか。
嫌われてしまうだろうか。
不安を抱えながら、その気持ちを正直に主に告げた。

主は、いつもと何も変わらない様子で
「初めての事に恐怖は付き物ですよ。」
と。

私はどうすればいいのか分らなくなった。
恋している訳でもない
好きなのか?と問われても答えられない
この関係を続けていくことにも恐怖を感じていたけれど
失うことも怖かった。
一度手を離してしまったら終わり。
もう少し、もう少しだけ手を握っていよう。
まだ引き返せる。
いつでも手は離せる。

そんな風に思いながら、二度目。
初めて逢ってから、どのくらい間隔が空いただろう?
だんだんと薄れていく舌の痛みに寂しさを感じてきていた。
あまり時間は無かったけれど、飴は甘かった。
快楽という甘美な飴。
最初に強烈に植えられた恐怖は、飴の甘さに取り込まれていった。
ニ時間くらいだっただろうか。
色々とお話しもした。
そして別れ際、「痕を下さい。」とおねだりしている私がいた。
あんなに辛かった痛み、
涙が出る程の激しい痛み、
その痛みに、心地よさを感じ始めていた。


私は悪魔の手に堕ちた。
堕天使は、もう神の下へは帰れない。

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2002年06月21日(金)
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