29号の日記
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| 2005年02月10日(木) |
スーパーテレビ(11日金曜日分) |
金曜日、別の話題で日記を書いてしまったので、11日金曜日の「スーパーテレビ」の話題を。
ちょうどスーパーと魚屋から帰ってきて、テレビで一休み、と思って新聞の番組欄を見ると、5時からの「スーパーニュース」で、「涙も凍る脱北残酷物語激撮」とのこと。チャンネルを8チャンに合わせる。
中国が脱北者の越境阻止の為に国境の川沿いに設置した鉄条網。川の中に浮かぶ、脱北に失敗したと思われる男の死体。中国警察に摘発されないように、郊外の山の中に掘っ立て小屋を建てて隠れ住む脱北者。延吉(戦前から朝鮮系住民が多く住む、旧満州の都市)市内でプラスチックの容器を手に、物乞いをする、身寄りのない幼い脱北者。 最後は19歳の青年。普通なら働いているか、学校に行っている年代だが、職業は物乞い。身分を明かそうものなら強制送還(=収容所送り)になりかねない現状ではどうしようもないのだろう。しばらく前に、中国人の若者集団にいわゆる「ホームレス狩り」に遭い、歯が何本も折れる程ボコボコにされた上、なけなしの金を巻き上げられたという。冷え切ったコンクリートの床。これから駅の片隅で寝るという。リポーターが「何か将来の夢はありますか」と訊ねると、「何もありません。これからも物乞いで暮らしていくだけです」と語っていた。悲しい。悲し過ぎる。
俺達は、例えばインド洋大津波で被災した方々に支援の手を差し伸べることは出来るのに、インド洋より遥かに日本に近い旧満州で、中国警察の目に怯えながら、それでも今日一日を生きる為に物乞いをする彼等に支援の手を差し伸べる術を知らない。北朝鮮や中国の軍人や役人の中間搾取を経ない方法で、彼等に手軽に手を差し伸べる方法はないだろうか。
根本的な解決方法を言うなら、北朝鮮に民主的な政権が樹立されるか、韓国によって統合されるまで、こうした脱北者を日本が積極的に引き受ければいいのにと思う。勿論、本人が望めばいつまでも日本で生活していても構わないという条件で・・・つまり特別永住者(終戦時点で内地(=日本本土)に住んでいた旧植民地出身者)枠の定義を広げて対応するのが望ましい。 そもそも戦後の日本は、旧植民地に対してあまりに無関心過ぎる。「日本」でなくなった途端に見てみぬふり。ヨーロッパの国々では、いろいろと問題(注)は生じつつも、旧植民地の移民を、かなり寛容に受け入れてきている。例えばフランスなんて、今では国民の十人に一人が旧植民地のアルジェリアをはじめとするアフリカ系になっている。
なお、昨日のサッカーW杯予選日朝戦については、「思うこと」の方に書いたので、そちらを御覧下さい。
(注)イスラム人口が増えたため、学校でイスラムのスカーフをかぶる・かぶらない云々といった摩擦などが生じている。
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