29号の日記
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2002年01月21日(月) 「世界ウルルン滞在記」

昨日、帰ってから、新聞のテレビ欄でイチ押しと紹介されていた、「世界ウルルン滞在記」を観た。芸能人(若くてスリムでかっこいい感じの人。名前は忘れた・・・(笑))が、アマゾンの原始の部族の村でホームステイするという内容のもの。
その芸能人に、長老(といってもまだ30代か40代くらいで若い)の娘が恋心を抱いて、芸能人の方でもその気持ちに応えてあげるべく、大蛇やワニを(長老の手助けもあって)仕留めてきてプレゼントしたりしたものの、やがて別れの日が来て、芸能人が村を離れるときに
「俺も彼女のことを好きだけっど、日本に彼女がいるんでごめんなさい、」
と本気で涙を流すシーンがあって、心を打たれた。

まあここまでは、テレビ主催者側の期待通りの感動を俺は持ったわけだけれど、もう一つ、すごいなと感動したことがあった。

実は、番組で説明されていたことだが、「原始の部族」といっても本当に「原始」だったのは数十年前までで、現在は、大多数の村人は、村に観光客がやって来る時だけ、民族衣装である腰蓑(こしみの)を身に付けて踊ったりして、観光収入を得ているという。
そうなった理由を、長老が話してくれていた。
数十年前に部族の間で伝染病が大流行し、今の長老のオヤジに当たる、先代の長老をも含む、部族の殆どが死んでしまい、長老は一大決心をしたという。
先祖代々暮らしてきた土地を棄て、比較的都市に近い今の場所に、部族丸ごと移住し、観光客を受け入れて現金収入を得、その金で、街で薬を買ったというのだ。そしてそのお陰で部族は全滅の危機から免れたそうである。

数十年前まで、外の世界と隔絶した、原始の生活をしていた彼にとって、貨幣経済の仕組みを理解するだけでも十分すごいことだと思うのに、自分達にとっての日常の生活が、都市に住む者にとってはものめずらしいものであり、そこには「観光」という高次元な産業が成り立つのだということに気付いたビジネス感覚!(例えば、記録に残る歴史だけでも千数百年もの歴史を誇るわが国でさえ、「観光」という産業が発生したのはようやく江戸時代になってからである。)

彼に率いられた彼の部族は、すごく幸せだな、と思った。


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