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■ 種村季弘『黒い錬金術』をナナメ読みしてたら
こんな記述がありました。
賢者の石はさまざまな呼称で呼ばれるが、その中のひとつに「故郷なき孤児」というのがある。それは石の持つ独自性のためであるが、石が「故郷なき孤児」であるとすれば、母は必然的に「寡婦」(死別、あるいは遺棄)となる。すなわち錬金術の出発点である第一原質は寡婦なる母であり、究極に到達すべき石はこの「夫のいない」母から生み落とされる孤児である。……(中略)……エロティックな態度の全否定、厳格なおあずけ、待っている状態こそが、最もエロティックであるという逆説は、隠れている父を探し求めて寡婦なる母とともに流浪する貴種流離譚の、あらゆる精神の孤児たちに共通の宿命なのである。
……読みながら思わず本を取り落しそうになってしまいました。 これはいわゆる「水素と酸素の結合で水ができる」といった科学的理論が成立する以前に、錬金術が「卑金属を黄金に変えるための哲学」であったゆえの表現と言えましょう。
この「寡婦と孤児」というのは錬金術の重要なモチーフであり、たくさんの物語や伝説があるそうです。 母子兄弟間の近親相姦といった喩えも多く、果たして荒川先生がこれらを踏まえてストーリーを構築したのかと思うと、粟肌が立ちました。
錬金術書の中で最も多用される語句は「結婚」。 おそらくは結合の代用だったこの言葉が、なにやら全体をエロティックなビロードで包み込んでいるようです。
2005年02月16日(水)
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