diary of radio pollution
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2011年06月26日(日) 東京と人

流れて、どこへ。

こちらへ来てから、人と知り合い、そして別れる。短期間の内に三人は去り、また数日で二人去るらしい。これは、大都市の東京だからだろう。

同世代、年下、五十代の人。東京に残る人、四国へ行く人、海外へ行く人。それぞれの人生の数日に少し現れた人として、どこまでその人の記憶の中に残るのだろうか。まったく残らないのかもしれない。

少し生活に慣れてきた感はあるものの、ふとした瞬間に落とし穴のような客観的な状態に突然陥る。道行く人々は、どうしてここですれ違い、その後、どこへ行くのか。尾行するわけでもないので、行き先は知らぬが、人の顔を眺めていると、その人の生活の情景が頭の中で繰り広げられる。

東京という所は、個人の想いが強すぎるのだろう。時が止まったような、次元の異なるような、そのような感じで、ときどき人を眺めている。

koji


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