diary of radio pollution
Diary indexpastwill


2011年03月17日(木) 歴史の分岐点

未だ計画停電には遭遇せず。

スーパーには、ペットボトルの水が入荷されていた。コンビには、おにぎりやパンが売っていた。少しずつ日常が帰ってきている。

ただ、TVやネットのニュースを見ていて、不信感しか湧いてこない。普段、TVはあまり見ないが、この度の地震で緊急地震速報のためにTVをつけている。しかし、ニュースを見ていても、肝心な情報は得られないし、おそらく混乱を避けるための政府主導の報道規制もされていることだろう。見ていても、あまりのことに呆れてくる。

毎日続く揺れに、もう何度目かの余震かもわからなくなってきている。たまに地震酔いで、何事もないのに過剰に一人揺れを感じてしまう。さしずめ自震だ。とにかく、気持ちはちっとも休まらない。

京都に帰る所があり、現状はそちらの方が安全なのは百も承知だが、東京が危機的状況に陥る寸前までは、ここに留まってみようと考えている。今、ここでやるべきこと、知るべきことのために。

koji


radio pollution