アパートの手付金その他を払うには、当然現金が必要である。 本当ならば、L国での預金から引き出したいところだが、 残念ながら支店がない(あるわけない)。 渋々、日本の口座から貯金を崩すことにした。
コージ苑は、日本の某銀行が発行している、 インターナショナルカードというものを持っている。 これはキャッシュカード拡大版のようなもので、 海外のATMを使って、日本の口座にあるお金を、 現地通貨にして引き出せるというエライ奴なのだ。
市内で一番大きな銀行に行って、ATMから現金をおろす。 一度に引き出せる限度額がやたらと小額のため、 目的の金額に達するまでに、連続5回手続きをする必要がある。 こんなにたくさんの金を一度に下ろしていると、 「アヤシイ奴」と思われないかしら、と余計な心配をしたりする。 違うのよ、これは私のカードなのよ〜、 という空気を背中にかもし出そうとしたが、余計な努力である。
びくびくしながらATMにはりついた結果、 手にした札束は結構な厚みがあった。 おおおおすんげえ、コージ苑ったらお大尽だぜ。
しかし、これをEURにして振り込まなくてはならない。 窓口に行って、両替してもらう。 返ってきたEURを見ると、あら不思議。 あんなにあった札束が、5枚になっていますことよ。 その薄さったら、一瞬計算間違いじゃないかと思った程だ。
さらにその5枚の札で、必要額を払い込むと、 手元に残ったのは悲しい程のはした金。 …何だかトランプのゲームで、 大富豪から一気に大貧民になった時みたいな気分。
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伊丹十三『女たちよ!』 文春文庫 発行は1970年代。 この時代において、おそらく最先端を突っ走っていたであろう彼が、 第一章に置いているのは「スパゲティの正しい召し上がり方」。 今現在、ちょっと料理好きの人なら当然知っているようなことも、 30年前には本で語られる「オシャレ」だったのだな。 他にも、カルボナーラやアボガドが紹介されているが、 それらにいちいちつけられている「…というもの」という表現に、 言いようのないおかしみを感じる。 時代って怖いね。
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