中学校の頃、歴史資料集に必ず「年表」がついていた。 そこには縄文時代から昭和までが、様々な色で表示されている。 一つの時代から次の時代に移行する境界線は、 すっきり一本の線で示されていることもあるが、 あいまいにぼかされている場合(例えば室町・戦国・安土桃山)もある。 これは「一応ここは室町なんだけどさ、この年はもう戦国色強いんじゃない?」 という筆者の意思表示であろう。多分。←日本史は超専門外の、世界史選択の女
若い頃は「そんなのありかよ」と割り切れなさを感じていたコージ苑だが、 一つの事が終わる前に、次が始まってもいいんじゃないの?と、今では思う。
だからさ、本を3冊4冊並行して読んでてもいいんじゃないの? (自分の読み方はもしやヤクザなんではないかと少し不安な今日この頃)
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杉本苑子『私家版かげろふ日記』 まさに「私家版」。 作者自身も言及している様に、 和歌の部分を省略したり歴史的事件を織り込んだり。 コージ苑は別に、本筋こそ全てという主張を持っている人間ではないから、 これはこれでとっつきやすくて面白いなあと思うのだけれど、 カタカナ語に入ってこられると、今いち気分が乗り切れないというか… 例えば気持ちよく泳いでいるのを、いきなり襟首掴まれて引き上げられる感じ。 それにしても、男女の惚れたはれたは1000年昔も今と同じ。
中島義道『私の嫌いな10の言葉』 「人の気持ちを考えろ」「きっと好きなことがあるはずだ」など、 日本人の「良心的」常套句を分析し、真っ向から否定した本。 以前、『日本の論点』にこの人の文章が載っていた。 確か「町のおせっかいな騒音」かについての記述だったと記憶している。 それを読んだ時には、極端すぎてついていけんと思った。 口やかましいおっさんの八つ当たり的クレームとしか思えなかったのである。 しかし、この人の文章は長いものを読むべし。 こちらを読んでみて、少し認識を改めた。 作者の主義主張は決して行き当たりばったりなのではない。 なんというかこう、根底に分厚い考察の層が見えるというか。 だからといって諸手を上げて賛成はできないが、 ふんふんこういう考え方もあるんだな、と納得して読める。
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