月のシズク
mamico



 小さなお客さん

数年前から、実家の庭先に「わらべかけこみの家」という、小さな看板が
掲げられている。とりたてて物騒な場所ではないのだが、民家ばかりなので
小さな子どもが登下校の際、何かあったら遠慮なく駆け込んできていいよ、
という他愛のないものだ。こんな看板が本当に役に立っているのかしらん、
と訝しがっていたところ、兄からかわいらしいメイルが届いた(以下、転写)。
---

午後三時ごろ、玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」と返事をして玄関に出てゆくと、小学生の男の子がふたり立っている。
「どうしたの?」と声をかけようとしたとき、ひとりの男の子が、
「すいませーん、トイレ貸してもらえますか?」と大人びた口調で言った。
僕はちょっと微笑んで「どうぞ。廊下の突き当たりだから」と彼らを家にあげた。

彼らが順番にトイレを使っている間、僕は台所でミニサイズのシュークリーム
を用意する。「食べていきませんか?」と云うと、ふたりそろって「はい」と
嬉しそうに返事した。彼らは台所の椅子に座ってシュークリームを食べながら、
彼らが一年生だということ、今日が卒業式だったこと、そして、この家のチャイム
を鳴らしたのは初めてじゃないことを話してくれた。

「それじゃ、はじめてここに来たのはいつ?」
「えっと、前に変なおじさんが出たとき。おばあちゃんが入れてくれて
 お菓子とジュースくれたの。しばらくここにいていいよ、って」
不審者か、と僕は眉をひそめる。すると大人びた口調の子の方が、
「そのときもトイレをお借りしました」と恥ずかしそうに云った。

シュークリームを食べ終えて、僕にたくさんお話をしてくれた彼らは、はっと
気づいたように「かえらなきゃ」と云った。そして、「どうもありがとうございました」
と礼儀正しく挨拶し、来たときと同じように、元気よく玄関から出て行った。

一瞬、春の風が吹き抜けていったようでした。

2004年03月15日(月)
前説 NEW! INDEX MAIL HOME


My追加