月のシズク
mamico



 台所の隅で、膝を抱えて

「ねーちゃん、おやつ。はい、ヴィタミン入りジュースも」

休日だというのに、ぱりっとしたワイシャツを着て、弟くん(*血縁関係ナシ)
が部屋に入ってきた。コンビニの袋をかしゃかしゃとテーブルに置き、自分は
どすんと茶色い革張りのひとり掛けソファに身体をうずめる。
私は、顔半分を覆った白いマスクの下で「なんだかなぁ」とわらう。

金曜の夜から今朝まで昏々と眠り続けた。久しぶりにひいた風邪は、早めに
対処したおかげで、思ったより悪化はしなかった。今朝から抗生物質は抜いて
薬は三種類だけにしている。それでも、油断するとぶり返しそうなので、
大きなマスクを着用して仕事にきた。実は、ぬけぬけと休んでいる暇など
なかった週末。一日半のロスは痛かった。

どこぞの大学教授とのインタヴューの帰りだという弟くんは、ちょっとしょげて
いた。思いつめたように黙り込んだかと思うと、「はいはい、質問っ!」と
元気に手を上げて、私の仕事を中断させ、鳴らない携帯を取り出しては、
じっと睨み合っている。ははん、恋路に躓いたわけだ、と意地悪を云うと、
恨めしそうに上目遣いに視線をよこした。

「疲れているのなら、さっさと家に帰って休みなさい」とか、
「待ってもダメなら、キミから連絡入れればいいでしょ」とか、
「あのね、何事も諦めが肝心、て言葉知ってる?」など、言葉をかけても
「うーん」というもどかしい返事しか返ってこない。極力省エネを心がけて
仕事に来たので、打っても響かない奴には、手も足も出してやらない。

結局、弟くんは、私が帰るまで大人しくソファに座っていた。
「アーモンドチョコたべる?」とか、「アクエリアスのむ?」とか、彼なりに
気を遣ってくれているようだった。まるで、台所の隅に膝を抱えて動こうと
しない子どもみたいだ、と思う。母親に叱られて、それでも、そこから出て
行こうとしない、小さな子ども。いや、コイツは図体のデカい大人だけれど。

大人だって、心細いときはたくさんあるんだよな、と思ってしまう。
荷物を片付けて帰宅の支度をしていると、「かえっちゃうのー?」と捨てられた
犬みたいな声をあげる。それでも気を取り直して「おだいじに」と声をかけて
くれた弟くん。「かっこいいオトナになりなよー」とマスクの下でもごもご
云うと、「ねーちゃんもな」といっちょ前に返してきた。大きな子ども。

2004年02月01日(日)
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