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■ 「でもお前ら、ゆく川だよ」
ある雑誌で、解剖学者で作家の養老孟司さんが「私の五冊」というタイトルで、 お気に入りの本の紹介していた。その一冊に鴨長明の『方丈記』があった。
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ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。 よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、 久しくとどまりたるためしなし。 世の中にある人とすみかと、またかくにごとし。
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そこで養老氏は学生にいつもこう言っているらしい。 「お前ら、自分は自分だと思っているだろう。でもお前ら、ゆく川だよ」と。 去年の分子なんか残ってないだろうと。物質代謝なんか知らなくても、 鴨長明は川と自分がそれほど違わないものだと知っていた。 だから、お前ら、ゆく川だよ、と。
はっとした。 誰もがみんな、自分をとどめようと遮二無二なっている。 ドットの上に存在を固定したり、映像や音声にデジタル加工したり。 でも、わたしたちは生きている限り、その「生」を固定することはできない。 それでいいのだ。流れにあがなうのは、時間を逆回転させることと同義だ。
わたしも、ゆく川だよ。 その刹那を感じつつ、心がふっとかるくなった気がした。
2002年01月25日(金)
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