月のシズク
mamico



 「お風呂が呼んでいます」の謎

昨日に引き続き、うちのお風呂のエピソードをもひとつ。

浴室の操作機には「呼び出し」という赤いボタンが付いている。
これをぷちっと押すと「ポロロロ〜ン、ポロロ〜ン、お風呂が呼んでいます」
と音声が流れる。これでお風呂で溺れてもだいじょうぶ、と心強く思ったもんだ。

ある晩、しこたま遊んで終電を逃した女トモダチが泊まりに来た。
お風呂からあがり、つるんとした素顔を上気させた彼女が、「ねぇ」と
すごく真面目な声で言う。「なぁに?」と聞き返す。

「あの"呼び出し"ってボタンを押すとどうなるの?」と真顔で聞く。
私は「ちょっと待ってて」と浴室に駆け込んで、ぷちっとボタンを押す。
すると例の音声が部屋の中に流れた。得意満面で「すごいでしょ」と言うわたし。
「うん」と彼女は素直にうなずき「で」と切り出した。
「で、これはどこに通じているの?」と。

えっ、と今度はわたしが真顔で聞き返した。どこって、部屋じゃない、と。
彼女は首を振り「警備会社とか、ガス会社じゃないの?」と注意深く聞く。
ちがう。そんな場所には通じてない。この部屋にしか通じてない。

「でも」と、彼女は少し気の毒そうに続ける。
「このマンションって、ひとり暮らしの人が多いんでしょ。誰が助けてくれるの?」
その瞬間、わたしは軽い眩暈を感じた。そうだよ、私がお風呂に入ったら、
部屋には誰もいなくなる。お風呂で呼び出しボタンを押したところで、
誰も来やしない。ああ、なんで今まで気がつかなかったのだろう、と。

それからというもの、あそびで赤いボタンを押すこともしなくなった。
だって、からっぽの部屋に「ぽろろ〜ん、ぽろろ〜ん、お風呂が呼んでいます」
という声が空しく響き、私はバスタブで溺死してる、という図なんて
考えただけでぞっとするじゃない。




2002年01月21日(月)
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