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■ 結末を忘れるということ
読書に適した場所。 私の場合、トイレとお風呂。
冬はカラダを温めるために自然と長湯になるので、何度も差し湯をしながら 湯船の中で本を読む。お風呂で読む本の傾向は決まっている。 どっしりとした長編小説か、スナック菓子のような軽めの短編集。 先週までは、渡辺淳一作品にどっぷりと浸っていた。
さておき、私は好きな本を何度も読み直すくせがある。 そろそろあの小説が読みたいわ、と本棚から出しお風呂に入ってページをめくる。 ああ、これこれ、この書き出し、と、たちまちなつかしい気持ちに満たされる。 だが、問題はそのあと。
それで、この物語はどうやって終わるんだっけ、と首をかしげる。 もう何度も読んだはずなのに、どうしても結末が思い出せないのだ。 それはひとつの作品に限ったことじゃなくて、どれもそうなのだ。 記憶力が悪いということでは片づけられないくらい、さっぱりと忘れてしまう。 クライマックスにさしかかっても、私は物語の進行と共に笑い、泣き、 そして結末を知らない。
うーん、もしかしたら、結末なんてどうでもよいのかもしれない。 私が心惹かれるのは、言葉が紡ぎ出す物語の世界、その風景、その感触、 その匂い、その懐かしさなのだ。ページをめくることでその「世界」の中に 入っていけることが嬉しくて楽しいのだ。物語は私のココロの中で生き続ける。 だから、結末なんてむしろそんなに重要じゃないみたいです。 って、これってやっぱり言い訳めいてるかしら。
2001年11月27日(火)
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