月のシズク
mamico



 「消去してもよろしいでしょうか?」

ときどき過去がじゃまになる。
想い出や記憶と呼ばれるものが突然、向こう側からひょうひょうと飛来してきて、
抵抗する間もなく私は過去のある時点に立たされる。もちろん肉体が時空を越え
て、という四次元的な意味ではなく、精神だけがその場所に連行される。
なかば暴力的に、私はもう一度、私が体験してきたはずの過去を目撃させられる
(使役)

鳥瞰図のように過去を眺めながら、私は思う。
ここで繰り広げられている私の過去はどこにしまわれて、
保存されていたのだろう、と。そして私の存在がこの世界から消滅したとき、
この過去はどうなるのだろう、と。

むかし、ドラマや漫画でやっていた。
歯医者にあるようなリクライニングの椅子に横たわり、頭にパーマネントを
かけるときのカプセルみたいものをかぶせられ、「あなたのその過去をそっくり
消して、人生をリセットしてあげましょう」と白衣を着たドクターが言う。
そして、必要のない過去が個人の中から抜き取られる。
その人の生きた証が消去される。

ときどき過去はじゃまになるけれど、それを消したいとは思わない。
過去を持たない人というのは、白日の下で影を持てない者のようにも思える。
だから過去をどこかで喪失した人は、必死に自分の影を探そうとする。
彼らは、存在と無のどちらの領域にも属せない 孤独なエイリアン、
というのは少し言い過ぎだろうか。



2001年10月30日(火)
前説 NEW! INDEX MAIL HOME


My追加