探偵さんの日常
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| 2002年08月11日(日) |
猫殺し、人生を棒に振る |
探偵ファイルより。
動物愛護法違反で逮捕、起訴されている、松原潤(27)。書類送検にとどまっていたところ、
「猫は殺さず逃がした」
という松原の警察でのウソの供述が獣医による画像鑑定で発覚し、さらには厳罰を求めるメールや手紙が捜査機関に殺到したことから、動物愛護法違反では異例の逮捕、起訴に至りました。
一連の報道の中、松原の親戚がフジテレビのインタビューに答えており、
「飼い猫を殺したわけでもないのに逮捕はおかしい、潤がかわいそう」
などと言ってましたが、まだまだ日本ではそう考える人も多いのかと思い、悲しくなりました。それともあの親戚の方も、飼い主のいない動物を殺しているのでしょうか?
「人間は牛や鶏だって食べるために殺すじゃないか。猫と何が違う」
と言う方もいます。殺しているのに変わりはないということなんでしょうが、人間が生きていくために他の動物の命を絶つことははるか昔、紀元前から人間がやってきたことであり、人間が生きるためには仕方がないことなのです。それを誰が責めることができるのでしょうか。他の動物も生きていくためにまた他の動植物を殺します。それが自然の摂理なんですね。
そう、人間という生き物は、動物、植物の命を食すことによってしか生き延びられない罪深い存在なのです。罪深い存在だから、殺した動植物を食べるときには感謝して食べる。食用のために人間に殺される動植物に対しては、人間がきちんと食べてあげることが何よりの供養であると思います。
松原は遊びながらインターネット中継で猫を殺した。次は耳、次は目などと。。。あえて断定して書きますが、松原は猫を殺してその辺に捨てたのです。今までも他の動物を殺したことがある松原のような男は逮捕されて良かったと考えています。食べるためではなく、安易に動物の命を奪う。弱いものを殺して自分の満たされない欲求を満足させるというのは、法律はともかく人間として、男として最低です。
検察は、世論に動かされて逮捕、起訴したと言っているようです。皆さんの常識が、今までの動物虐待に対する対処を変えたのです。今後それなりの時期に動物愛護法もさらに厳しく変わるでしょう。 ただ、松原は現在の法律の範囲内で、法廷できちんと裁かれるべきです。それが法治国家ですから。残念なのは、
「同じ動物殺しでも松原だけ逮捕されるのはおかしい」
という方が多数いらっしゃること。山中で一人動物を殺すのと、ネットで中継しながら殺すのでは対処が変わるのは当たり前でしょう。むしろ正しい判断かと思いますよ。厳密な法解釈などは諸説あるようですから書きませんが、殺人犯だって、動機や殺人に至った内容で、同じ「殺人犯」でも一人一人判決が違うのと一緒でしょう。各司法機関には、悪質さや影響、そして本人の反省の度合いなどを考慮して総合的な判断を下していただきたい、と思っています。
猫を殺して、自分の人生を棒に振った松原は今、拘置所の檻の中でなにを考え、暮らしているのでしょうか。そして松原への判決は。ここが引き続き調査中です。
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