月曜の朝。 灰色の空。 細かい雨。 憂鬱になるには出来過ぎなシチュエーション。 ぬくったい夢を切り裂くような勢いで、 下り坂を駐輪場へ急いだ。
なのに。
私の自転車はサドルがなかった。
びっくりした。
少し探したが見つからない。 とりあえず会社に行こう。 小走りで向かった。 そわそわと仕事した。 そそくさと帰った。 傘を忘れたことに気付いた。 雨はどんどん強くなった。 かまわず駐輪場の周りを探した。 近くの家の植え込みの中も、 他の自転車のかごの中も、 少し離れた公園の砂場も。 すっかり日は沈んで埒があかない。
気付いたら、 情けないほど濡れ鼠。
そのまま坂を登って駅に行った。 なんとなく、 駅前の交番に入った。 期待なんかしてなかった。
というのは強がりだ。 なんとか助けてほしかった。 自転車のサドルを見つけてほしい、とか、 犯人を捕まえてほしい、とか、 そんな風にしてほしかった訳じゃない。 ただ、助けてほしかった。
高架下の駐輪場。 いつ自転車盗まれたってしかたなかった。 そう思ってみたりもするけれど、 私はなんにも悪いことしてない。
自転車がほしかった訳ですらなかった。 誰かが困るとか、悲しむとか考えもしなかっただろう。 なんてことない気持ちで、 私のたいせつにしているものをぽいと取り上げるんだ。 まただ。 だれだかわからないこいつも。 誰から見ても、たいしたことないものかもしれないけど、 わたしのだいすきなもの。 少しずつ少しずつ、あっためていって、 なのになんてことない気持ちでぽいって、 捨てられちゃうんだ。 そして私は、 あきらめることしかできないんだ。 しょうがないって、 あきらめるいことしかできないんだ。
あきらめるなんてやだ。
やだ。
サドルのない、私の自転車。
ううん。 正確には、 私の、自転車だったもの。 今は乗ることもできない。 私の、自転車だったもの。
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