遊戯王感想とか雑文とか(遊戯王の謎)
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2002年09月27日(金) ヒカ碁と比較してみました

秋の番組改編期とやらで、なじみのアニメが終了したりして、ちょっと秋風が身にしみる今日この頃です。

オ○ジョさん…終わってしまいました(T_T)。
トップ絵の素材としても大活躍でした。
新鮮な絵が手に入らなくなってしまい、トップ絵の存亡が気になるトコロです。

シャーマンキ○グ…終わってしまいました。
蓮とかホロとか、好きなキャラクターと会えないのかと思うと、本当に寂しいですね。
まぁ、強くなりすぎた「ハオ」にうんざりしていたトコロだったので、この辺が引き際でしたか。



−ヒカ碁ネタ書きますが、知らない人はごめんなさいm(_ _)m−

ヒカ碁と遊戯王を比べる(ちょっとだけ)

ヒカ碁も遊戯王も「ゲームで闘う」という点では同じで、さらに、主人公に「もののけ」が取り憑いている…というトコロも似ていて、こりゃ比較するなと言われても、どうしてもしたくなりますよねぇ。

今週の佐為は「ヒカルが自分に碁を打たせてくれない(T_T)」という話でした。
これを遊戯王に当てはめてみると、表くんはあっさりと王様にゲームの主導権を渡してます。
この違いは「表くんはM&Wで神の一手を極めようと思ってない」からですが、もし、パズルが人を選び間違え、海馬瀬人を「器」に選んでいたら、おそらく王様は佐為と同じような悩みを抱えるでしょうね。
瀬人サマは「自分でロードを進みたい人」だから…(^_^;)

ヒカルが「虎次郎」のことを 「(自分で碁を打たない)つまんないヤツ」と言ってました。
佐為はいろいろ弁解していましたが、確かに虎次郎も囲碁に興味があったのに、佐為に身体を使わせ、自分は身を引きました。
これって表くんに似ているのかなぁ…。
表くんもカードゲームが好きだけど、王様に身体を使わせ、自分は身を引いている…。

先週の感想に書いたことを、じつはずっと考えてました。

    王様は「デュエリストとしての約束」と言って、城之内との闘いを望んでますが、
    じつは本当に闘いを望んでいるのは「表くんの深層心理」じゃないかと思ってます。
    表くんは奥に引っ込んでいますが、王様はその心と同調してしまい、
    なんだかやらなくてもいい城之内とのデュエルに向かって走らされている…、そんな感じでしょうか。


本当に闘いたいのは「表くん」…果たしてそうなのか? そうなら、なぜ?

今、思うことですが、表くんにとって「M&W」はただのゲーム。
王様や社長のように「宿命&運命」の渦に巻き込まれているわけでもない。(「器」という立場上、参加させられているけど…(^_^;))
表くんが願っていたのは、親友が欲しいことだったけど、すでにそれは成就したので、今は「親友を越えること」になっていると思うんですよ。
(本人の自覚あるなしは、分かりませんが…)
    「城之内くんがゲームで人間的成長を遂げたいなら、ボクもキミを追う、そして追い越す!」

このような思いを抱いているとでも言いましょうか…。
だからゲームでも精神面でもいいから、表くんが城之内を越えることができたら、遊戯王という漫画は終わるんじゃないかと思ってます。


なんか中途半端ですが、今日はここまで


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