断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2018年04月21日(土) 才能の範囲

2018年コロナ禍なし電車内。
しばらくすると目の前に、
赤ちゃんの座ったベビーカーが現れた。
車内は割と混んでいるほうで、
そのお母さんはどこに居ればいいのか
駅に着くたびに考えていたようだった

乗車してくる人たちに
気を遣って小さな移動を繰り返す

 赤ちゃんは泣き出してしまった

きっとママの何かを感じてたんじゃないかな
端にいたわたしは何かできることを考えた
考えに考えた だが

 出来ることが、、何もなかった

そもそも話しかけること自体が厳しい。
何さまでもないしお友だちでもない。
本気で助けがいる場面でもない。
それにしてもいい気分じゃない―
みんながみんな知らないふりをしていた。
見えていないような感じだった。
この世にはいろんな人がおり、
赤ちゃんは泣くものだが、
それを「躾が悪い」なんて軽く言う人もいる。
わたしたちはみんな泣いてきたはずだがw
そんなことを考えてイメージを振り切ったら、
ガハハなオバちゃんになりたい、と思えた。
空気を読まずに赤ちゃんに話しかけられるような
どう見ても害がないオバちゃんに。
(そこで声かけるか?)って場面でも、
しっかりと話しかけられるなんてすごいじゃないか
それにしても困難がつきまとうのはこれだ。

 《害のない人間》に《見える》容姿が要る

そう察するものを備えていなければ成立できない。
どこからどう見てもそうあらねばならないのか。
少なくとも話しかける人にそう感じてもらわなきゃ
どんなに自らの本質に害がないと言い張っても、
相手があるなら自分だけで解決できない!
(そう見えなきゃ)いけないだなんて…
どんだけ爽やかに生きてなきゃならないんだ!!

 勇気だけじゃ超えられない絶対の壁

ダンスに置き換えてみてもゾッとします
最初から断崖絶壁で踊らされるようなものか。。
壁が高すぎるじゃないか
いや、踊らなきゃいけないダンスは
果てしなく爽やかな―  タイトル『無害』です

一般パブリックでは振付に意味を付与できません。
振付よりもその人そのもののダンスを踊らなきゃ!

中身が見せられない以上、外観でしか判断できない
なるべくならオーラで勝負したいところです☆

 オーラって…(爆)

仮に話しかけられたとしよう。
出来たとしても、ある程度のピエロ感が否めない。
バカを装った方が色々手っ取り早い。
そうでなきゃ人に話しかけられないのか?
しかし本物のバカに見えてもダメだ
考えれば考えるほどさみしくなってきた

 赤ちゃんは泣き止まなかった

車内の空気が硬い
赤ちゃんのダンスの力か
その生命力とはまるで逆じゃないか…
赤ちゃんの鳴き方なのかもしれない
不安 不安じゃないかな
ああ、、現実はやっぱり外見じゃないのかな
ただそこにいるだけで
空気をやわらかくできる絶対の外見
もしも天然アイドルになれたなら
どんな人にも話しかけられるんじゃないかな

出来ることの範囲がまるで違うじゃないか


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Taisuke [HOMEPAGE]