| 2018年03月10日(土) |
「PEOPLE ART PERFORMANCE」 |
乱れ咲く混沌のような舞台でした
『PEOPLE ART PERFORMANCE』 人とアートを巡る 100通りアートプロジェクト
私たちの中に潜むスター性を 生きている間に何度も感じたい。 それが明日へのチカラをつくるから。
赤ちゃんから大先輩まで! 子育て中のパパやママも、車椅子だって! 元気いっぱい舞台から輝きを放ちます。
生きている証がアートとなる瞬間。
それぞれの想いを最優先にしたような演目がつづく それも、、怒涛の演目名でした―
「おやつの時間」からの
「終わりの春」そして「千年の恋」
その名のとおり もう…ほんとうに怒涛w 特に義務教育時代の女の子たちのダンスには 毎回度肝を抜かれてしまう
バレエ衣装で禁断の床ころがり 側転も健在
クラシックでは《絶対にありえない》振付です いつもいつでも最初に見たら心臓が飛び出そうです なにしろ《絶対にありえない》 さあしかし! その《絶対にありえない》が崩れたその先に、、 フリーダムが現出します☆ クラシックにおいては《なくても》 ダンスにおいては《あり》なのだから!! 子供たちのソロは勇敢です おもしろいおもしろくないに関わらず 舞台上で数分間たった一人で踊り切るんです 恥ずかしさを決定的に超えていなければ 立っていられない場所です 最高の自分になれる 最高の自分をみんなに見てもらえる それを受け取ってもらえるか 受け取ってもらえないか 日常とは比較にならない恐怖があります したがって恐怖も超えていかなければ 立っていられない場所です そんなものに立ち向かっている子供たち 《自分だけ》で乗り切れる子もいれば、 《情熱》がかるく上回っている子もいます ここだけはダンスが上手いとか下手とか じゃない、自分自身が引き出せるかどうか 《混沌》の舞台では、 それを何よりも大事にしていなければ、 この日は決して訪れないはずです
言葉を悪くすると エゴイズムの連続を見続けることになります 「芸術は、、爆発だ!!」 みたいなことが言えるのは、 突き抜けた者だけです。 爆発を納得させられるほどの《何か》 アーティストは 自らの力でそれを現出させている者のことです! 問題は《何の爆発なのか》 爆発すれば芸術か? 否! それはただの爆発ですw
今回の演目中で最も見やすかったのは なんと『パパダンス』でした―
なんだかすごく妙な気分でした 群を抜いて見やすく明快だったんです 世のパパが、踊りも拙い彼らだからこそ 虚栄がなくて一生懸命で☆
生きている証
証って自分が欲するものですよね 求めなくて、努力しなくて、 証が手に入れられるのか 今、何かをしようと、したいと思わずに いつも証が自分自身にあるものだとするなら それはどんな感じなのか 常に光り輝いていて 誰もが振り返ってしまうような… それとは逆に 自然体 何者にも動じない風のような存在か… 求めなくて、努力しなくて、 そこにたどり着けるのか 世の中には「天才」がいます だからどんなこともありえます ですが、自身が見つける種類のものなら― 努力なしにはたどり着けないはず 「生きている証」はそんなものじゃないのかな あくまでも自分本位のもの 自分が感じていられたらそれだけでいい なにしろ自分にしか見つけられない! 誰かの証を見つけてあげることはできない!
証はきっと、誰かに何かを伝える以前のもの
舞台に立つ 誰かと向き合う そのための《あたりまえ》ではないでしょうか
舞台はどうしても 出演者たちの想いの一方通行の体になります だからこそ爆発の仕方を考えないわけにいきません 舞台は決して自分だけのものじゃない! 受け取ってもらいたいものがあるのなら 感じてもらいたいものがあるのなら… 何をやってもいいことにはならない ここにこそ「芸術」が隠れている気がするのです
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