断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2018年01月11日(木) 出来ることをする

前日のblogを経て
少なくない自分の持つ平和への知識を鑑みた時、
甚大な焦点に気づきます。
よくもまあ凄い言葉になったもんですよw
まったく他人事じゃないじゃん。。
投げかけるだけで終われる問題じゃなかった―

 《ほんとうは出来る》ことを《やってない》

単純なその事実はおそらくみんなに当てはまる!
大衆やイデオロギーに呑み込まれない自分自身。

 自分に《出来る》ことを《やっているか》

どんなこともここを通っているかどうか
考えれば考えるほどここに行き当たってしまいます
まず何よりもブレない自分
ここにたどり着くには
どうしたって経験と実体験が必要かもしれません
誰かの言葉ではなく自分自身になるために!!
これまでの失敗と挑戦の数だけ自分に近づく!!
そうして改めて眼前にします

 《出来る》ことを《やっているか》

これが、、本当に痛い。
いつもいつでもこれが自分にのしかかっています。
気を抜けばいつもいつでもやらないことを選べる。
だからこそ、
どんなこともここが出発点だと思います。
先生も言ってました。
「舞台に立つには《フツーじゃダメでしょ》
 レッスンの時だけじゃなくて、日常よ」
趣味や遊びでないのなら 決して目を反らせない!
そうやって備わってくるもの、、
きっとそれが《自分自身》です☆

今から振り返ってみれば、
ここにたどり着くまでが一番キツかった

 出来ることをやれるのはよろこびです

あの時の地獄がそれを教えてくれました
歯が磨けるとか食べたいものを噛めるとか
歩けるとか走れるとか一人で風呂に入れるとか
腕が上げられるとか寝返りうてるとか!!!!!
出来ることを奪われたあのとき
やりたいことの一切ができなくなったあのとき
あたりまえのことがあたりまえじゃなくなった
あの時期を乗り越えられたからこそ
ここに立ち向かえるようになった、と心底感じます

思いだけではなくカラダが立ち向かえる状態
ただそれだけで凄いことです
だって “立ち向かえる” んですよ!!!
どんなに小さなことだとしても
動く動けることがどんなに素晴らしいことか
なりたい自分になろうとできることが
失ってはじめてわかった

その努力は、、苦痛じゃない!!

深くすれば 平和 は安易に口にできない言葉です
生きることに真剣に向き合うのと同じくらいの強度
は最低限の礼儀じゃないでしょうか

 《ほんとうは出来る》ことを《やってない》

人間社会の正体、というよりも前に、、
不平不満や怒りのずっと以前に
自分自身の正体と向き合うことが
変わらない今を 変わらない世界を変えていく
力無き者の最大の力だと思います


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Taisuke [HOMEPAGE]