| 2017年11月01日(水) |
「LAST WORK」 |
遠くまで。 遠くまで見に行きました。
『LAST WORK』 バットシェバ舞踊団
客席には知ってる人もたくさんいた。 長いこと会えていなかった人たちも。 基本的にこの舞踊団は避けて通れない。
見れるなら 見に行かなくては!
さて最初から痺れました― このカンパニーに凡人なし☆ 超絶ダンサーたちがもう、、 とんでもない感じで動いて、、 踊っています。。 その個人技と個人フィジカルに とにかく《すごい》しか言葉がない ただ、、15分もした時に、、、
その《すごい》は潰えた
いや、本当にすごいんですよ?? ぜんいん凄すぎるんですって本当に!!
でも、、潰えた
ドキドキがなくなった
中盤からはダンスというよりも展開でした。 銃を持ってる人が出てきたり、 マイク持ってきて歌いだす人が出現したり そこからは白ガムテープで出演者全員が ぐるぐる巻きにされていきます。
そこからの、、 ぐるぐる巻きにされていながらの 全員の上半身だけのダンスが、、 すごく印象に残っています とても美しかった
カンパニーはイスラエル。 イスラエルは今も紛争が絶えない国。 舞台裏にはそんなリアルがある、と その後半から感じざるを得ませんでした―
もうこの感じは《ダンス》じゃなかった 《メッセージ》そのもの
出演者がどういった心境なのかふと考えました これは、もうクリエーションから関わらないと 知りえないことです。 ダンサーの欲求は踊ること。 踊りたいからいるわけです。 その踊りたい、をメッセージに昇華できるか
踊りを踊って満足、というわけにいかない
誰かの作品である限り、その誰かの設計図です この中に自分を、自分自身を生きること わたしは出演者全員がそれをしていた舞台を 見たことがあります あの《生きる》ことのエネルギーを 知っている身としては、、 この舞台は物足りない!!! 超絶ダンサーしかいないこのカンパニーだから こそ、そんなはずがない!!! そう感じていました
ダンスって、踊るって何なのか 見ている人がいること 見てほしいもの そして わたしたち自身が昇華したいもの それが一体何なのか
個人ではない限り、その全員の方向が それを決めるのだと あらためて感じたのです
ひとりの想いじゃないものを 目に見えるものとして昇華できるか
ここにこそ、ダンサーが 作品を踊る本懐がある気がしてなりません
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