わたしのカラダは手術されています。 今でも半年に一度《定期検診》があり、 その日だけはどうしても通院しなきゃいけません。 そして、、定期検診を受けるにあたって必ず。 必ず《筋力測定》をしなきゃなりません。 Cybexと検診。この2つはセットです。
どんなに病院に行きたくなくても 完全に卒業というわけにはいかない
結果としてそんな手術でした。。 ダンスを続けられるのも意外と奇跡かもしれない。 できるように手術を選んだのはたしかです。 しかし、それ相応に困難を常に抱えています。 そんなわたしは、来たる6月!
HOKURIKU DANCE FESTIVAL に 出演することになりました!!
ダンサー大先輩 ぬいさんと以前に踊った作品、 『Moonless』が審査を通過したのです☆ 突然舞い込んできたチャンス。 ぬいさんもわたしを心配してくれていました。 靭帯を断裂したとき、その年、、 わたしはぬいさんたちメンバーと一緒に 【東京青山 スパイラルホール】で踊るはずでした それは一生に一度の劇場レベルです。
たったひとつの公演 たったひとつのチャンスをつかむのが どれだけ難しいか
ただ、わるいことばかりではなかった。 もしかしたら、もっともっと大切なことに 気付かされた年だったとも言えます。 痛くて苦しくてほとほとつらかった日々。 どん底だった病院生活でなんとか明るく生きようと 無理矢理にでもやってきました。
だって《生きているからです》
苦しかったと言えば、膝よりも以前。 救命病棟の時の方がずっとずっと苦しかった。 内実は違いますが、 いまでも全く笑えませんが、、あの時 《なんとかしようとした自分》を誇りに思うのです 誰にもわかってもらえないかもしれません しかしそれでも、わたしを支えてくれているのは あのどん底だったときの努力です F1レーサー、アイルトン・セナの あの言葉は決して嘘じゃない― そうおもいます
「もうダメだと思った その時から ホントウの努力が始まる」
それまでの、その時までの努力は《フツー》 そういったものなのかもしれません
自分が問われる「その時」 自分がどんな行動をとれるのか 最後に何を選択するのか わたしたちは「その時」にならなければ、 決してわかりません。 おそろしいことですが、 それくらい自分というものはわからないものです
選択できるというのは追い詰められていません。 選択できるというのはほとんど幸せだと思えます。 厳しさの前に選択肢はないからです
執刀医Sドクターは、いつも 笑顔でにこやかに わたしの足りない筋力を指摘した後こう言います
「痛かったらいつでも来なさい! すぐに注射してあげるよ」
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