| 2016年12月03日(土) |
「しどのウール&しみずのウール2人展」 |
ついにその日はやってきました!! あの日、ながさきで見えたイメージを、 いまこそ超えていくときです☆
『しどのウール&しみずのウール2人展』 11/29〜12/4 11:00〜19:00 (※最終日17時まで) 会場:ギャラリー とくなが
織/ 志戸朋子 染・紡・織・デザイン・仕立て トータルの制作でウールの力と 着る人の個性で表情を変える自由な服を 驚き楽しんでいただきたいと思います
フェルト/ 清水まゆみ 体を包むソフトハウス(柔らかい家)を テーマにしたコートやベスト・ストールと 帽子やバッグなどなどウールフェルトの 魅力にときめいていただければ…
【ファッションショー&ダンス】(約50分予定 12/3 [1st] 11:00より [2nd] 14:30より ダンス/ 神田法子・タイスケ 音楽/ 渡辺信子・前畑夕美(チェロ演奏)
依頼されたモデルのお仕事も込みッッ [1st]と[2nd]、2回の本番です!! 一緒に踊る神田さんは長崎の手足のながーい御仁☆ 先日は長崎でクリエーション&練習を重ねました! 昨夜はチェロ生演奏のお二人と初の顔合わせ。 2度の通し練習をおこないました! あとは本番どうなるか。。 これこそはいつだって勝負です。
なんたって甲子園には魔物がいるのだ
というか、甲子園につくまえに既に魔物はいたw 睡魔である。 わたしは不覚にも寝坊してしまったのです…
そんな、、ば、かなーーーーーーーッッッ
時計を見た瞬間、心臓がとまりました 実際 とまったとおもいます とにかく猛スピードで支度をし、自宅を飛び出して ギリギリでゲネプロ直前に到着。。 諸氏に謝罪する時間もなくそのままゲネプロ入り。 とにかくギリギリのギリギリで胃もギリギリでした ほんとうに間に合ってよかった しかしリハーサル自体がほどなく押しており、 1st本番は目前!! ゲネプロ最中もお客さんは続々来場されていた― そういうわけで、ダンスのゲネプロはナシ。 すべては[1st]本番に託されたのです
本番。神田さんの魔の手がのびていた
後半、それはとつぜん襲ってきます!! 本番中に神田さんがわたしに手渡したのは― 《ナマタマゴ》!! 《ナマタマゴ》!? ナマタマゴは何の打ち合わせもありません。 わたしへの完全なる不意打ちでした☆ ただし、相手はわたしです。 相手がわるかったw わたしは驚きよりも楽しさを見出だします もちろん驚かなかったわけじゃありません。 でももうそのときには《ダンスに没入》しており、 常軌は逸していた わたしの何かがナマタマゴにすうっと入りました わたしじゃなくてナマタマゴになった感じです ひとしきりナマタマゴを踊ってから会場のお客さん にお渡ししたのです
本番中というのはとても空気が敏感です わたしたちを通したナマタマゴはもうただの ナマタマゴではないのです これは舞台の持つ魔力 いつもなら何でもないものに魔法がかかる それはほんとうに日常では得られない感覚です わたしたちが取り憑かれるのも道理でしょう
神田さんは、というと… あまりに動じなさすぎるわたしに、 業を煮やしたそうです(爆) 過去、わたしはオックスフォードでナマタマゴを 使ったダンスをおどっているのですw それにこれまでもいろんなものと踊ってきました 驚いておどれなくなるなんてことはないなw ナマタマゴの感覚はすごく懐かしくて新しかった ◎神田さんに感謝◎ 本番の日、朝目覚めた瞬間に神田さんに降りてきた そうです。「たまご!」とw わたしたちのボスまゆみさんにすぐさま電話をして ナマタマゴを準備してもらったそうな 笑笑
【電話口のやりとり】(再現) 神田さん「たまご!たまごとボウル!!」 まゆみさんはボウルをボールと勘違いして、 「うちにボールはないわ!!」 と叫び返したらしいw 神田さん「そのボールじゃないわよ!! たまごを入れる “ボウル” よッッ」
何かが降りてくるというのは、 こういった成り行きを生みますよね! きっと《今すぐ》という思いからでしょう☆ そんなやりとりをつゆ知らずわたしはダンスに、 ダンスだけに没入していたのです そのDuoダンスは ArtSpace bloom での ひとりで踊るダンスではなかった 神田さんが一緒なのだ ダンサーがひとりでないということが こんなにも創造力が備わるものか、と感じました “とにかくからだが軽い” 自分のダンス力がまるで尽きません 湯水のようにガンガンに湧き出していました ふと相手を感じるだけでダンスがうまれる ひとりでおどるよりも圧倒的に自分が、 自分自身が自由なのを感じたのです 自分自身が、というよりも “イメージが自由” どこまでも自由でした
◎たのしすぎて、どこにでもいけた◎
そのダンスがどう見えたかはわかりません。 わかりませんが、わたし自身はこれ以上ないくらい ゆたかさを感じていました
ダンスというよりも えんえんとつづいてくるおしよせてくるせかい
わたしはそもそも自分を踊るということが苦手です いつも「誰かのために」そんな気持ちがなければ ダンスになれないのです bloomではひとりで踊る手前、 どうしてもチカラを見せなければならないという 何かがありました とにかくそれまでの流れが、すごい人たちの歌が、 重圧となっていたのも否めません。 その重圧があったからこそ踊れたのも事実ですが、 こと創造力ということに関しては かなり苦しみ抜いた感覚でした かなえもんのクリスタルボウルと瞳さんの絵画が なかったらダンスになっていなかったかもしれない ダンスというのはいつもどこでなれるか わかりません。 最初からなれるときもあるし、一歩まちがうと全然 なれないときもあるかもしれません。 没入というのも自分だけが没入してもダメ。 なによりも先ず、相手があること。 そして空間を感じること。 ここを常にまちがえないことです
わたしたちはチェロ生演奏のチカラを借りて、 今をおどりました はじまり LIBERTANGO(リベルタンゴ) 中盤 無音 ラスト Playing Love(Legend of 1900) やはりどんなものも生演奏はちがう。 人の手というのはあたたかさを内蔵しています。 既成音でないというのはすなわちゆたかさです。 後半。 まゆみさんの2種類の長い フェルト作品とわたしたちは踊ります [1st]と[2nd]のおどりの内容は別物です [2nd]本番のさいごはこんなふうになっていた― あのときは、ダンスに もう “これしかない” 必然を感じていました 踊りながら曲は終わり 静寂のなか、 神田さんとわたしは並んでフェルトを掲げながら 客席へ前進していきました ゆっくりと ゆっくりと
本番を終えたとき、まゆみさんは号泣していた
そのとき気付いたのです ここにいる誰よりも心血注いでこの日を迎えたのは しどさんとまゆみさんでした 神田さんとわたしはどんなにがんばってもその一部 それまでの時間と作品を超えられません 《今》にすべてをそそぐというのは、 ある意味で時間を蓄積することがありません それがいいことかわるいことかはわかりませんが 《今》という瞬間がとても《儚い》こと それを、そのときに実現したようにおもうのです ダンスのものがたりは見ている人が紡ぐもの わたしたちは紡いでもらえるように踊っています 自分たちの踊りは忘れ去られていくような風です だからこそ生き生きと、そんな風でいたい 今わたしたちがおどった風がまゆみさんの、 その涙のようなひとときになれたこと
“誰かの何かにわたしたちはなれる”
ダンスの可能性を、あらためて感じたとき 生きているその意味をあらためて感じたとき わたしの再復帰公演の流れは決まりました このときの2つのかけがえのない本番が 【The 3rd BIRTHDAY】をそだててくれたのです
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