サンダンス映画祭でのグランプリと観客賞受賞を 筆頭に、さまざまな映画賞で旋風を巻き起こし― アカデミー賞 3部門受賞へ☆☆☆
『セッション』(2014) 名門音楽学校へと入学し、世界に通用する ジャズドラマーになる決意のニーマンを 待ち受けていたのは、鬼教師として名を馳せる フレッチャーだった! ひたすら罵声を浴びせ、完璧な演奏を引き出す ためには暴力も辞さない彼におののきながらも その指導に必死に食らいつくニーマン。 だが、、フレッチャーのレッスンは次第に狂気 じみたものに…
これは、、とんでもない問題作でした。 気が遠くなりました― 以前から友人知人に「とにかくみろ」と言われつづ けてはや幾とせ… たったの2年かw 率直な感想は、、
気分がわるい
あまりにも陰険すぎて吐きそうになりました 果たしてこんなのが《最高の音楽》と呼べるのか 憤りをおぼえました
しかし、すごかった
「すごい」としか言いようがない。。 人間はサイテーだとおもいますw それを圧してもラストは本当にすごい すごいと気持ち悪いの混沌です!! 音楽を追求する 最高の音をつくるための最高の罵声と陰険すぎる罠 とても “いい物語” とはおもえません。 だってさ、、結局は
フレッチャーの趣味でしょ???(爆)
ぜんぶアイツの計画通りなんでしょ?? そこで潰れてもなんの支障もないでしょ?? ニーマンのことなんてなんとも思ってないでしょ? とんだ人でなしです そう、コイツは人ではなく音楽だけなのだ。 たぶん。 そのためにはなんだってできちゃうのだ! 突き抜けた天才とやらはいつだってこんなです!! わたし自身もそんな天才先生のレッスンを 受けてましたw
ほんとうに罵声しかなかった…
でも、そこで技術はうなぎのぼりに上がります ニーマン同様に必死に食らいつくからです ここで言えるのは《習うなら天才》がいい、ですw 了見が極めて狭いほどまでに極めた先生に習うほど 上達する “速度” が悲劇的に違う!!! その速度は迅速を超えます。 習う側の情熱がそのまま乗算するからです。 ※代償に生半可な情熱ではかるくへし折られます これは厳然たる事実です。 やさしいところでは積み上がらないものがある!! 事実です。 ただし、ジャンル分けできる種類に限ります。 自分のダンスは自分にしか踊れないからです。 話もどします☆
そんな映画に共通点を見出だそうとすると 何かに対する圧倒的な《熱意》《情熱》 これは絶対でしょう。 だけど、、この映画は行き過ぎてるからね?? 熱意が行き過ぎて狂気ッッ その到達点はフツーじゃ決してたどりつけない この映画はそういった主題です。 どんなことも取り沙汰される第一人者には そんな《妄執》を感じます どう見ても “この人おかしいんじゃないか” って おもってしまう何かを感じずにいられません。 そんな《異常なまでの妄執》を引き出す、 フレッチャーのやり方もまた異常です。 何がよくて何がわるいのかまるでわかりません。 ですが、それによって命の爆発のようなラストです もしかしたら、 人間の最高のチカラは《怒り》かもしれません。 一瞬の激情がいいものとは到底おもえませんが、 爆発するようなエネルギー量はこれが最大最高の ものだとおもえます。 それを引き出すという点においてだけは、 この映画がものすごい作品だと言わざるを得ません
爆発的な怒りを原動力に尋常でない何かを引き出す
それは “情熱と絆” の真逆でした
これもまた “ひとのもつチカラ” です。 ですが、、まったく健全じゃあない。 勢いで人を殺してしまいそうなくらいのチカラです 自分の妄執から行き着いた壮絶なエゴに見えた。 そのラストは観客から大歓声を浴びますが、 その流れからいってどう見ても引き金は 「ふざけるな!」です 仕打ちに対しての 突き抜けた怒りや憎悪 こんなのが最高の音楽なの?? たしかに、その方面では《最高の音楽》かもしれん でもそれは《怒りや憎悪》でしょ!? 出どころがそんなところのものに、 人がほんとうに感動するんでしょうか― わたしは甚だ疑問です そんなことは音から絶対感じられるはずだからです もし感動できる 共感できるとしたら、 そんなものを乗り越えたときのはず!! 個人的に映画ではそれを乗り越えたすがすがしさは 感じませんでした。 もし、もしも、それが見えていたら、、
号泣しないわけがない
一線を踏み越えた人間だけが見出だす悦楽 それはたしかに最高のものかもしれません ですが 何かが、決定的な何かが、、 抜け落ちているようにおもえます
その悦楽は自分だけのものじゃないのかね 人さまに見せなくていいんじゃないのかね
常軌を逸した異常さだけが最高のものじゃないこと それをおどりたい、そう強くおもいました
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