街歩き番組をたまたま視聴してしまいましたw そこはストラディバリの出身地。 名器 ストラディバリウス をつくった人! 現在では12億円で取り引きされるような楽器☆ 12億とか、、人間何人分なんでしょうか… そんな人が誕生した街にはヴァイオリン工房が たくさんありました。 そのひとつの工房におじゃました番組。 ここでとんでもない一言が炸裂した―
「正確なものに芸術はない」
これは、、たいへんな台詞ですッッ 芸術性、そのありか みんなどこにその答えをもっているんでしょうか― 答えはそれぞれの内です。 そして その内でじっくり熟慮しなければ、 決して答えられない種類!! なにしろ “芸術” は “わけがわからないもの” だと かんたんに言えてしまえるものだからですw 存分に感じなければ、言葉にはできやしません。 “感じる” ということが “芸術” には、 問われるものなのでしょう。 そう考えると、この芸術という言葉は、 “感動” に置き換えられる気がします☆
「完璧なものに感動はない」
自分の内ではそう言ってましたw これもまたひとつの感じ方だとおもいます そもそも人間そのものが不完全。圧倒的混沌です! たすけあいもすればころしあいさえもする ここで、ふと考えがとびました… そんな “人間” だからこそ、 ARTが可能なのかもしれない!
創造性は完全なものからはうまれない
そんな気がしました もし自分が完全なのだとしたら、 【試すこと】しなくていいとおもうのです。 《完全》だったら最初から《完全》なんだもんねw 完全なら、自分のこと何もかも知ってる気がする。 できることできないこと全部知ってる気がします。 そう考えたら、塵ひとつ悩むことがありません!
《自分が何者なのか知らない、わからない》
これが芸術の根源ではないでしょうか― もしかしたら、これこそが人間最大の可能性とも 言える気がします!! 芸術の土台は、、不安や恐怖ッッ 知らないことには不安がつきまといますよね。。 だから、不安を解消するには勇気が必要です!
知らないことを確かめようとする勇気
この《勇気》が《芸術》ではないでしょうか?? 勇気をもって何かに立ち向かう姿。そこに わたしたちは《感動》を見る気がします☆
◎不完全だからこそ可能性がある◎
そうおもったら、ちょっとスッキリいきました! 何かを求める理由がわたしたちにはあるんです☆
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