断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2016年09月11日(日) 芸術のありか

街歩き番組をたまたま視聴してしまいましたw
そこはストラディバリの出身地。
名器 ストラディバリウス をつくった人!
現在では12億円で取り引きされるような楽器☆
12億とか、、人間何人分なんでしょうか…
そんな人が誕生した街にはヴァイオリン工房が
たくさんありました。
そのひとつの工房におじゃました番組。
ここでとんでもない一言が炸裂した―

「正確なものに芸術はない」

これは、、たいへんな台詞ですッッ
芸術性、そのありか
みんなどこにその答えをもっているんでしょうか―
答えはそれぞれの内です。
そして その内でじっくり熟慮しなければ、
決して答えられない種類!!
なにしろ “芸術” は “わけがわからないもの” だと
かんたんに言えてしまえるものだからですw
存分に感じなければ、言葉にはできやしません。
“感じる” ということが “芸術” には、
問われるものなのでしょう。
そう考えると、この芸術という言葉は、
“感動” に置き換えられる気がします☆

「完璧なものに感動はない」

自分の内ではそう言ってましたw
これもまたひとつの感じ方だとおもいます
そもそも人間そのものが不完全。圧倒的混沌です!
たすけあいもすればころしあいさえもする
ここで、ふと考えがとびました…
そんな “人間” だからこそ、
ARTが可能なのかもしれない!

創造性は完全なものからはうまれない

そんな気がしました
もし自分が完全なのだとしたら、
【試すこと】しなくていいとおもうのです。
《完全》だったら最初から《完全》なんだもんねw
完全なら、自分のこと何もかも知ってる気がする。
できることできないこと全部知ってる気がします。
そう考えたら、塵ひとつ悩むことがありません!

《自分が何者なのか知らない、わからない》

これが芸術の根源ではないでしょうか―
もしかしたら、これこそが人間最大の可能性とも
言える気がします!!
芸術の土台は、、不安や恐怖ッッ
知らないことには不安がつきまといますよね。。
だから、不安を解消するには勇気が必要です!

知らないことを確かめようとする勇気

この《勇気》が《芸術》ではないでしょうか??
勇気をもって何かに立ち向かう姿。そこに
わたしたちは《感動》を見る気がします☆

 ◎不完全だからこそ可能性がある◎

そうおもったら、ちょっとスッキリいきました!
何かを求める理由がわたしたちにはあるんです☆


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Taisuke [HOMEPAGE]