断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2016年05月22日(日) 未来につながる勇気の正体

先日は勇気の源泉についてのblogでしたが、
その源泉は一生懸命の記憶でした☆

 “あのとき俺はがんばった”

その頑張った記憶が自分の《努力ものさし》です。
そしてこの努力ものさしは万能じゃありませんw
時と場合によって努力の方向性が違います。
たとえば入院していたときとか―

 その努力はおおよそ《忍耐》でした

なにしろ踊りたくても踊れません。
カラダが動かないんです。
とにかくじっとしているしかない。
ただただ激痛に耐える日もありました。
この世には耐える努力もあります
わたしは行動することが努力だとおもってました。
だって行動しないと世界は変わったりしませんw
したがって、【何もしない=怠惰】です☆
同じ時期に入院していたプロアスリートたち。
食べる寝る以外で病室にいることはなかったw
ウェイクボーダーの由香ちゃんをはじめ
当時高知ファイティングドッグスの主将だった
中村君。 日が暮れてもバット振ってた
そこにいくとわたしはダンスなので。
これまで様々なダンスを体験してきた自分に
とって、 “できないこと” では
ダンスが終わらないことを知っています。
これがまたものすごい可能性を秘めていてw
カラダが動かなくなったら、、、

 眼球で踊るしかない!!

とか、、ねw  もちろん本気です。
身体障害者を含むイギリスのダンスカンパニー、
STOP GAP DANCE COMPANY と一緒に作品に
臨んだとき、一気にその可能性を見出だせました
これが競技とダンスの圧倒的な違いです。

 できないことからダンスは始められるのです

つまるところ《今の自分に何ができるか》。
これを突き詰めさえすれば 堂々と踊れます。
“自分の確立” こそが揺るぎない土台です。
そして今、忘れちゃいけないのはいつでもこれ。
《できるように手術した》
なので、、あくまでも “出来なきゃおかしい”
退院した現在は出来ることにこだわる時期です!
筋力、そして連動性をたてなおす。
この《出来ることにこだわる》のがキツイ!!

 出来てた自分を知っているからです

出来ない自分を見ると、、
どう書けばいいのか。。
絶望とか文字で見ても絶望とは思わないでしょ
ほんとうの絶望とかね
イメージわきませんよね ね? 笑笑

 こうして “踊るしかない” に至るわけです

やっぱり大方とんでもない方向に行きましたw
伝えようとおもえばおもうほど混沌です―
本題は、、こっちだ 笑笑

 勇気の源泉が一生懸命の記憶なら
 その呼び覚ませる記憶って何!?

呼び覚ませる記憶はおそらくほとんど
《一生懸命に何かをしていたとき》のことです
だって一生懸命じゃないときのことなんて、、、
まるで思い出せない(爆)
不思議。これこそ不思議と呼ぼう!!!

◎鍵はまちがいなく “一生懸命” ◎

記憶が呼び起こせるってものすごいことです☆
なにしろ、、おぼえているんですよ??
振り返ると強烈な記憶は
受け取ってきたもののほうが多い気がします
一瞬で目を奪われた何か
とんでもない煌めきや豊かさ
そんな得体の知れないものは時間がたっても
まったく輝きを失わず、いつまでも、とつぜん
輝きだし、勇気として引き出せるんです
そんな記憶がたくさんあるとすごくいい気がする
あればあるほどゆたかだとおもいます☆

印象のいいものも、たとえわるいものでも
引き出せる記憶はぜったいに勇気にできる
それは、子どもには決してできない必殺技です
これが真の “大人の力” だッッ



さて、踊るしかない!ってのの先も少しw
ダンスとは「相手に対して何かを伝える心意気」と
おしえてくださった先生がいます。
これをそのまま受け取ると、
ダンサーとは
自分の思いやそのときの性質を可視のものにする、
可視のものにできる人のことだとおもいます
先は… 長いッッ


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Taisuke [HOMEPAGE]