断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2014年11月02日(日) 「東京喰種」第1期

東京に潜む《絶望》
それは、人々に《死》以上の恐怖を与える怪人―
“喰種” (グール)。
彼らはヒトに紛れ、ヒトを狩り、その死肉を喰らう。
食物連鎖の頂点に君臨する “喰種” に怯えながら、
人間たちはこの《間違った世界》を生きていた。
読書好きの大学生・金木は行きつけの喫茶店
「あんていく」にて、利世という女に出会う。
年齢や境遇、読書の趣味も同じという事で、
急接近する二人だが…
僕は小説の主人公でも何でもない… だけど…
もし仮に僕を主役にひとつ作品を書くとすれば、
それはきっと “悲劇” だ
《カグネ》と呼ばれる補食器官を用いて人間を襲い、
その殺傷能力の高さから「化け物」と恐れられる
“喰種” だが、彼らが生きる方法は、
ヒトを喰う以外に存在しない。
金木は、この歪んだ世界に疑問と葛藤を抱きながら、
逃れようのない負の連鎖に巻き込まれていく―

 『東京喰種』
  この世界は間違っている―

中盤急展開。
人間 vs 喰種、2つの戦闘が同時開催されました。
亜門(人間) vs 金木(半喰種)
真戸(人間) vs 董香(喰種)+雛実(喰種)
以下は場面飛び飛びです夜露四苦w

 雛実ちゃん(子供グール)
 「喰種って生きてちゃ… いけないのかな?
  お母さん(殺された)のところに行きたい。
  連れてってよ、お母さんのところに…
  お願い、だから、、お母さんに会いたい!!」

 亜門君(人間)
 「貴様等に一度聞いてみたかった。 罪のない
  人々を平気で殺め、己の欲望のまま喰らう。
  貴様等はなぜ存在している?
  親を殺された子供達、遺された者たちの哀しみ、
  孤独、貴様はそれを考えたことがあるか?
  答えろッッ」

 董香ちゃん(女子高生グール)
 「訳もなく命を狙われる恐怖、アンタにわかる?
  大切な人(グール)が虫ケラのように殺される。
  アンタにこの気持ちわかる?」

 亜門君
 「ラビット(董香)は私の仲間を殺した。
  彼はなぜ殺された? 捜査官だからか?
  ふざけるなッッ
  彼のどこに殺される理由があった??」

 董香ちゃん
 「リョーコさん(雛実母グール)がどこに
  殺される理由があったって言うんだよ??」

 亜門君
 「この世界は間違っている。
  歪めているのは貴様等だ!!」

 董香ちゃん
 「アンタらさえいなければ!!」

熟考中。金木くん(事故で半分グール)
 グールが世界を歪めている、本当にそうなのか?
 リョーコさんが殺される理由はあったのか??
 雛実ちゃんは、大切な人の命を奪われたのは、
 雛実ちゃんだって同じじゃないかッッ
 グールにだって感情はあるんだ。
 人間と変わらないんだ。
 なぜ人間はそこに目を向けない!?
 わかろうとしない!?
 こんなあたりまえのことなのに、
 こんな簡単なことなのに…
 僕だけだ、それに気付けるのは、
 それを伝えられるのはグールの僕だけだ!
 人間の僕だけだ! 僕だけなんだ…
 「違う! 間違っているのはこの世界じゃない。
  たしかに道を誤ったグールもいる。
  でも、すべてのグールがそうなわけじゃない!
  もっと知るべきなんだッッ
  人間もグールも、世界を歪めているのは
  グールだけじゃない! 貴方もだ!!
  わかってもらえませんよね?
  だったら… わからせます!!」
 どうすれば伝わるのかな…?
 どうすれば理解し合えるのかな…?
 争っちゃいけないんだ
 奪い合っちゃいけないんだ
 人間も、グールも。。
 断ち切るんだ 哀しみの連鎖を―
 そのためには どうすれば…???

 董香ちゃん
 「自分がグールだったら、同じこと言えんのかよ?
  生きたいって思って… 何が悪いッッ
  人しか食えないなら、そうするしかねえだろッッ
  こんな身体でどうやって正しく生きりゃいいんだ
  よッッ どうやってッッ
  死ね、死ね死ね死ね死ね! みんな死んじまえ!
  私だって、アンタらみたいに生きたいよ!!」

董香、真戸に押されるも雛実が真戸を圧倒。

 董香ちゃん「雛実… トドメを!」
 雛実「できないよ…」
 董香ちゃん「アンタの両親の仇なのよ?」
 雛実
 「そんなの… どうでもいい
  復讐なんてどうでもいい!!
  あたし、悲しいだけなの。。
  お父さんとお母さんに会いたくて悲しいだけなの
  お父さん!お母さん!独りはさびしいよおおお」

 真戸
 「貴様等に生きる価値などあるものか!!
  笑わせるなッッ」


生きる価値、来ましたね。。
「価値」この世でもっとも嫌いな言葉です。
生きていることに価値がないなんてありえない。
もっといえば「価値」なんてことば自体が愚か。
どんな人生も決して否定できるものじゃない。
その生きる方向はわたしたちには変えられる、
そんなチャンスがいくらでもあるんです!
さあそんな言葉を吐くくらいですから、
真戸には恐ろしい過去があったことでしょう。
相手を全否定です。
全否定できるってことは全否定するくらいの何かが
あったと考えるのが妥当です。
真戸にとってどれほどの大切な人が殺されたか。
かるくここに集約できるでしょう。
おそらく、《当事者》では解決できない。
解決するには、第三者が絶対的に必要な気がします。
なにしろ既に殺し合いをしているんですからね!
人を超えた生物、突然超えさせられた者
人を食べないと生きていけない
人しか食べれない
極端な設定ではありますが、
結局は人と人の終わらない争いが根底にあります。
なぜ人は人同士で殺し合うのか
この話は戦争や民族、地域にも応用が利きます。
グールがどのようにして生まれたのかわかりませんが
明らかに人を超えた圧倒的能力を有しています。
その上、人しか食べることができない設定で、
力を使わなければ全く外見と中身は人間そのもの。
人同士のコミュニケーションをとることができる。
人を食べたくなくても食べないと自分が死んでしまう
この感じは『寄生獣』原作の様相があります。
が、パラサイトの本能は “人間を狩れ” であって、
“人間を食べなくちゃならない” じゃありません。
パラサイトは宇宙からやってきた未知の生物。
それが人間に寄生することで別の生物になる話。
寄生獣は徒党を組みながらどうやって自らが
生きていけるか模索します。
このあたりは『東京喰種』も同じw
隠れないで生きられる世界を探す。
人間を学びながら、人間社会で隠れて生きる。
この “隠れて生きる” っていうのが問題です。
どこに潜んでいるかわからない
これは人間に恐怖を与えるに十分です。
人間は殺されていくばかりですから、
当然対抗するに決まってます。
敵を排除するに決まってます。
《ですが、敵はコミュニケーションが取れます》
寄生獣も喰種も食物連鎖の頂点にいながら、
なぜ隠れて生きなきゃならないんでしょうか?
この世界が圧倒的に《人間社会》だからです
寄生獣もグールも超少数?生物だからです
人間社会に寄り添う選択を強いられる。
人間じゃなくても人間に影響を受けるんですよ!!
寄生獣もグールも弱者と言えるかもしれんッッ

長くなってきましたが、ここは我慢ですw
文章にしておきたいことがあるんです(爆)

さて、寄生獣とグールには大きな違いがあります。
それは子孫です。
グール同士でグールの子が生まれます。
しかし寄生獣は人間の子が生まれます。
これは生物として大変な矛盾です。
これこそが寄生獣をものすごい話にしていると
いっていいでしょう。
今でも原作のこと憶えてるくらいです。
寄生獣はここで一気に飛躍します。
“我々はなぜ生まれたのか”
自らの力でここにたどりついてしまった
寄生獣はパラサイトなのでもともと人間的思考など、
もっていません。学んだんです

なによりも寄生獣自身が自分を知ろうとした
なんのために地球に生まれたか

この部分が『東京喰種』は特に曖昧。
だいたいグールっていつからいるんでしょうか。
いつからそんな生物がいるのか、
人間を食べる歴史がどんなものだったのか
その悩みの深さと時間がまったく見えてこない
《今》のグールが悩んでることはそもそもグールが
生まれた時点であるもので、その悩み自体はグール
同士で受け継がれているものじゃないのか。
そもそもグールには親がいるんです。

何にも過去がない寄生獣とは違う

そういうわけで《今》悩んでるグールたちのこと
だけを見て納得できるものじゃない気がします
種の起源をたどらないと種の在り方がわからない
しかしその着眼点はかなり興味深い!!
《何が世界を歪めているか》
この問題が解決できたら争いは完全に消失です☆
おそらくは、ひとりひとりが自分と真剣に向き合う
ことが不可欠なんじゃないでしょうか。
他人に流されず、自分の執るべき行動を決める。
それでいて他者の話を聞ける柔軟性。
個人の問題にせず、あらゆる人に問いかける姿勢。
これを考えると、わたしたちひとりひとりの行動が
人類の未来に直結していると言えます。
背負ってないと思ってても実は背負ってる(爆)
さて、フィクションの考察はこれで終わりw
他の生物から見たらどんだけ人間がおかしな動物に
見えてるか知れません

人間同士でさえ意思の疎通は完全じゃないんです笑


わたしにはいつも金木くんの台詞があります。
 「どうすれば伝わるのかな」
 「どうすれば理解し合えるのかな」
ダンスに向き合うとこれしかでてきません。
かっこよく見せようとか、ほんとうにすぐバレるw
カタチを踊っていないからこそ一瞬でわかる。
このときの金木くんは「わからせます!」とかって
言っちゃってますが、これは自分にも言える。
“わかってもらう” ために技術を磨いた時代がある。
技術があれば、
“この人は凄い人だ” というところから始められます
一生懸命やってればどんなことも少なからず、
《凄い》に近づく。 技術は《力》です
そんなときにダンスが技術じゃないことを
おしえられました
《何か》がないとダンスにならないんです
すっかり忘れてしまってた
「凄い」って言われたいわけじゃない
何かを伝えようと踊ってきたはずなんです

何のために《ダンス》があるのか

最初は伝わればいいと奮闘してきたものも、
続ければ続けるほど “伝わるように” になり、
今では《循環》があることもわかりました
自分と空間、そして、
見てくれてる人、一人一人から受け取る何かがある
自分が踊るだけじゃないこと
自分が踊って終わりじゃないってこと

◎ダンスは底が知れません◎


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