| 2014年08月22日(金) |
ACL再建手術 〜軛を外すとき〜 |
昨日病室入りしたとき、病棟の説明と、 貴重品棚の鍵を美人総務さんから渡されました。 “鍵失くしたらあなたの命で償ってもらいます” そんな素敵な笑顔でした☆
がんばろう自分ッッ
◎前十字靭帯再建手術 当日◎ やっぱり “直前” は独特の緊張感でした だって今回は意識が最初からあるんだものねw 前回は全力で死線さまよってました― 記憶は乱れ 失くなりもしたくらいです
今日こそは自分の意志で術室目指す
朝1で手術患者は順番に大浴場へ。 すね毛は看護師さんにバリカン系器具で剃られます。 丁寧に剃られる時間はむちゃくちゃ複雑です。 そうだ、女子は特に気をつけてください。 自分で剃って傷がついたりしてると手術は延期ですw 昨夜からの断食と朝から3本の点滴を経て準備完了! エレベーターで手術室階へ。 ドラマでよく見る滅菌術室。 その銀色の荘厳な巨大扉が開いた― 高まる不安 高まる不安 高まる不安 手術助手さん「ここから先は履き替えてください」 って、履き替える前に滅菌エリアに足を踏み入れてた― 手術助手さん「あ!そこはもう滅菌エリアよッッ!!」 のっけから大問題を引き起こしてしまいました 笑笑
命ちぢみましたね
人間どこで命がちぢむか知れません。 気をつけよう自分ッッ! 麻酔台に乗ると音頭をとらされます。 身体中にバシバシつけられる電気器具。 チェック測定が終わるとすぐさま着脱へ。 上から覆われた内側で術衣を脱がされ一気に全裸化。 う〜ん なんとも合理的。 うつくしい! 殴 麻酔科先生「はい、横になって〜じゃあ撃ちますよ〜」 患者大先輩のM山さんにこんなこと言われてました。 「 “6” まで数えれたら褒めちゃ〜よ?」 麻酔撃たれて10から数えさせられるカウントダウン。 絶対に “7” で落ちる、そう聞かされてました。 背中に打ち込まれる “ちょっと太いくらい” の麻酔針。 麻酔科先生「ぼーっとしてくるよ〜」 ここからだな?? 〜俺は負けない〜 ◎病室で目が醒めて終了◎
仰向けに戻った瞬間から記憶がありません
数を数えた記憶がない。。 …!? どういうこと??? 数を数える間もなく《即座に落ちた》 なんてこった 〜完全敗北〜 どんだけ麻酔効いてんだッッ まあ… 健康優良ダンサーですから…ね 血の巡りがよければ麻酔もわるいはずがないッッ
争ってもいなかったw
病室で執刀医・ドクターsが言いました。 「半月板も損傷してたから縫っといたよ」
麻酔が効きすぎて何もかもぼやけて見えました。 涙でぼやけていたわけじゃありませんw 「ありがとうございます 先生…」
執刀医・ドクターs 「いやぁタイスケくん、手術してよかったよ! もしあのままダンスなんて踊ったら たいへんなことになってる」
〜全予定潰してる時点で既にたいへんなことです〜
自分を観察すると、管がいっぱい通ってました 今後のために写メでも撮っとくか― そんな撮影時。
頭を持ち上げたばっかりに、地獄味わいました
まだ麻酔が効きまくっているため、 頭を動かすと頭部に麻酔がいってしまうらしい! ずっ、頭痛が止まらんッッ!!!
麻酔キタ―
みなさん、術後は頭を持ち上げたりしちゃいけません。 ダメ、絶対。 地獄見たい人にはかなりオススメです。 人生何事も経験。 経験が人を育てます!
当日は《手術》だけでした いろいろやりすぎる傾向は既に見抜かれています。 そういえばPTマッキーもこんなこと言ってたな。 「明日は手術だけに専念してください」 普段は絶対言わないのに(爆)
そのまま就寝。。 〜ほんとうの地獄は0時過ぎた深夜から始まります〜
今日は、もう一つ残しておきたい事柄があります
◎くびきを外すとき◎ 今日までわたしの左脚には救命タグがついていました。 このタグは5年前の事故でつけられていたもの。 詳細バーコードと名前、血液型が記載されています。 そもそも発端は救命救急病棟を転院卒業したとき。 タグ外すのを忘れていて看護師さんに軽く言われた。
「記念につけてたらどうですか??」
まあ他人事ですねw でもそれがきっかけで、そのままにしました。 状態は寝たきりから歩行ができるようになった頃。 まだカラダはほとんど動かせないときでした。 正直、タグのことにまったく気がまわりませんでした。 転院した病院で唯一やさしい看護師さん。
「これ足につけてる人、初めてみました!」
えっ! そうなの?? 足につけてるって凄いの?? わたしはめずらしいとか限定モノに弱いのだw タグはいきなりレアモノに昇格。 足についてるのは上半身がアレだったから。 それから更にもう一言ありました。
「それ、切れたら願いが叶いますよ♪」
そのときまでそんなこと考えたこともなかった。 それは、気合いが入る素敵な言葉でした 信じていい、ささやかなものでした そのときは腕が上がらず、寝返りも打てませんでした。 どんなに小さなことでも、 できることからやるしかなかった バカにされるかもしれませんが、 がんばれるおまじないのようなものが必要でした
そんなときからのものだから、 もう《お守り》みたいなものでした。 一緒に “今” を戦ってきた戦友のような気持ちです。 5年もつけていたのでクタクタになってたけどw 文字なんかとっくの昔に消えていますw 巻いてるのが “あたりまえ” すぎて、 自分の一部として一体化してました―
そんなものが切られる
事実、今日まで切れることはありませんでした なぜなら《切れないように出来ている》からです それに、外すときは《壊さないと》無理。
自然に切れない以上、 切らないと、願いは叶わないのかもしれない
タグがついてから実のところ一度も外してません。 全本番つけてたくらいです。 そういうわけで、《見る人が見ればわかる》 入院患者の証ですからねw 自分では戦友でも、知らない人が見れば「大丈夫か?」 これには先輩から「誤解を受ける」と非難もされました。 それでも、自分にとっては苦難を乗り切ってきた証です。 わたし自身、最初はこんなもの即座に切り落としたい、 そうおもっていました。 わかってもらえないかもしれませんが、
自分にとっては苦難をわすれないためのものでした
決して自慢の種なんかじゃない。 それでも、どこかに慢心がなかったとは言い切れない どこかでタグを逃げ道にしていた 切る勇気がなかった どちらも自分にとって弱さだったのかもしれない
もしかしたらそんなものを断ち切らせるために 手術になったのかもしれない
自分の意志と関係なく切られてしまうことに そう思いました 過去の苦しかったことや、わすれたくないだいじなこと そんなものから自由になるときがきたのかもしれません
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