| 2012年06月04日(月) |
京都 〜忘却と新生〜 |
全国洋舞協会の公演というだけに、その基本は洋舞でした。 今回、その舞台に立ってみて あらためてあたらしく痛感したことがあります。
下は絶対に向けない
眼前には客席、そして照明が強く射す舞台。 そこではその人のすべてが明らかになってしまいます。 不安や恐れがあってはならないのです。 わたし個人としてはまったく“洋舞”を踊っているつもりなどありません。 “ダンス”が踊りたいだけです しかし、実のところ そう簡単には言えない状況でした。 なぜならありとあらゆる作品が洋舞だったからです。 なにしろ最初から“洋舞”を冠している舞台なのです!! 振り返ってみると、とんでもないことをしたもんだと思います。
わたしほどカタチのない踊りをした人間はいない
いいとかわるいの話ではありません。 事実です わたしはそのような空間でわたし自身を問いただしました。 それは、この空間でどう“ダンス”を踊るべきか 自分勝手に踊っていいものじゃないのなら直のこと。 毎回その空間でのベストを組み立てなければならないのです。 場当たりからあらゆる人たちの視線を感じました。 わたしはゲストでした。 わたしに与えられた役割は絶対に果たさなくてはなりません。 いやがおうにもプレッシャーはかかっていきました。 わたしは思い出していました。 そう、北海道へ向かうまえにレッスン中、厳しく罵声を浴びせられていたことをです。 やりすぎくらいにやらないと注意を受けていたそのすべてに納得がいきました。
下を向けば、ただそれだけで堂々さが失われる
洋舞の舞台に放り込まれたからこそ、それがわかったのだと思う。 どんなにカタチのない踊りだろうとこれが真実なのだとわかったのです。 もちろんわたしの踊りには下を向くことなんていくらでもあります。 だから、下を向くのであればカラダで肯定するしかないということです。 肯定するのは堂々さ 存在です クラシックバレエでは常に胸に照明が当たっていなければなりません。 そこにいなくてはバレエじゃないからです。 なにもカラダのありかただけを言っているのではありません。
なによりも下を向けないのはこころだ
そのために、下を向かないレッスンを常に課さねばならないのだと思った。 照明があって舞台がある、その舞台が大きくなればなるほどにその力が必要なのです。 これが今回身をもって一から学び直したことでした。 実は、こんなのは“あたりまえ”のことです。 このblogを見てくれている方でしたら、「またか」と思うかもしれませんねw 本番が終わったら毎回あたりまえのことについて書いてるんだもんね。 いつだって言いたいことは同じなのかもしれない。
あたりまえがどれだけ凄いか
その人のあたりまえがどれだけのものか、ということかもしれません。 これは、なにもダンスに限ったことではありません。 どんなひとにも当てはまることではないでしょうか。
喜びを見つけなくてもいい生き方もあります。 わたしたちにはすべてがゆるされています。 困難がつきまとうわたしたち、言うなれば困難はあたりまえです。 無関心でやりすごすこともできますが、それではなにも変えられません。 そのあたりまえをなんとかしようとするこころがなくちゃ あたりまえを自分のあたりまえにしていけるわけがない 楽しさは与えられるものじゃありません 楽しくするのは“自分自身”です
わたしは今日から京都に滞在しますw 〜しばらくダンスを忘れたい〜 滞在するのは舞台を見に来てくれたハルコさんの新築高層マンション。 ハルコさんは現在80歳、なんとその旦那さんは裁判官だった方です! 最上階は19階、ハルコさんの居住フロアは16階。 ここは京都です、20階を超えるような建物はまずありません。 そのベランダには素敵過ぎる景色が広がっていました… 凄い!! 最新設備のキッチン、全自動バスルーム… 驚きです!! ハルコさんと会ったのは今年の四月、あのとき出会わなければわたしはここにはいません 出会いとは本当に不思議なものだと思います ハルコさんはその年齢にもかかわらず、一人で大阪までわたしを見に来てくれました とってもお茶目な人柄のハルコさん。 京都駅で待ち合わせたときにはその赤い服ですぐにわかりましたw ハルコさんとはダンスについていろいろ話すことができました。 ハルコさんはダンスのことは素人ですが、その見る目にはほとほと感心しました。 今日からの毎日は、ハルコさん邸から京都大冒険編ですw この大冒険が終わったあと、すべてがまたあたらしく変わっていきます。
わたしは帰ってから下を向かなくなります その注意を、ほとんど受けなくなるほどに
あたらしいはじまりはすぐそこです!
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